ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
3       2015年版 ISO9001/CD   運用管理におけるリスクと予防処置
                        (変更点の評価‐2)
<31e-01-03>
0.要約    こちら
 
 
1. CD版の規定
  『リスク』は本来経営用語であり、経済主体が直面する様々なリスク(危険)がもたらす損害を最小の費用で最小化しようとする経営管理の一側面*3としての「リスクマネジメント」の概念の中の用語である。この用語が2015年改定版では、共通テキストで経営戦略の決定と計画に関して取り入れられただけでなく、8章の業務実行管理(共通テキスト規格協会仮訳では『運用管理』)に関連する種々の条項で用語『リスク』が用いられている。
 
  改定規格執筆責任者N.Croft氏は、これを業務実行管理への「リスク管理アプローチの導入」であるとし、現行規格の多くの項目でリスクへの対応が暗に含まれているが明示されておらず、規格使用者が気付いていないので規定に加えたと説明している*4。また、CD版では経営戦略決定に関して用語『リスク』を導入したので不要になった*5として『予防処置』の規定も概念もなくなった。これらの措置は規格解釈を混乱させるだけの不必要で不適切な変更である。
 
 
2. 運用管理
@ 用
  8章のJIS和訳『運用』は英文では“operation”であり、この場合は「組織的活動」の意味*6であり、組織で毎日行われている業務、或いは、事業の遂行に係わる業務のことを指す。00年版では製品をつくりだすことに直接関係する業務という意味で『製品実現』と表現されているが、すべてのマネジメントシステムに共通の汎用表現として共通テキストで採用された用語がCD版ではそのまま用いられている。『運用管理』は英文では“operational control”であり、経営者中心の非日常的経営活動と対比される組織の日常業務の実行を管理する活動である。対応する日本語としては「業務実行管理」が適当である。94年版では製造管理の意味あいの“process control”であり、『工程管理』と和訳されていた。
 
  実務では管理の対象又は目的に応じて、品質管理、設備保全管理、計測器精度管理、工程管理、生産管理、在庫管理、外注管理、環境管理、労働安全管理等々、様々な業務実行管理が行われている。
 
A 業務実行管理の実態
  業務実行管理は、決められたことが決められた通りに実現することを確実にする活動であり、それは同時に、決められた通りにならないことを防止する活動でもある。実務的にはこの両者は別々の活動ではなく、業務実行管理という活動の裏表である。決められた通りでないことは管理用語では不良、異常である。的中や合格などの用語はあっても決められた通りであることを一般的に表す管理用語は思いつかない。業務実行管理においては決められた通りであることが当然であるからであろう。
 
  このために実務では、業務実行管理は一般に不良や異常の発生防止の観点が強い。管理の指標は一般に、例えば良品率、的中率、設備稼働時間長さや、顧客による製品受入れ率ではなく、不良率、不的中率、故障時間長さであり、また、クレーム発生率である。管理目的を表す用語も一般に、良品管理、的中管理、手順順守管理、安定稼働管理などは使われず、不良(防止)管理、不的中(防止)管理、手順逸脱(防止)管理、故障(防止)管理である。組織の実務の業務実行管理とは実質的に、決められた通りにならないことを防止する管理活動である。
 
  規格では、決められた通りであることは「適合」であり、決められた通りでないことは「不適合」である。管理とは、ものごとの適合化を図る活動であり、不適合の発生を防止する活動である。94年版では要求事項は『すべての段階での不適合を防止すること』を狙いとしたものであると明記されていたから、規格の品質保証の管理も、製品品質が決められた通りであるようにする管理ではあるが、決められた通りでないことを防止する管理として規定されているということである。
 
   
3. 業務実行管理の方法論
@ 意図しない要因の変動の監視
  業務実行管理では、決められた通りに実行されれば決められた結果が出るように業務実行の方法が決められていなければならない。業務実行方法を決める活動は規格では「業務実行の計画」であり*2、現行規格では『製品実現の計画』である(7.1項)。例えば要員の作業出来映えのばらつきや過誤の可能性を考慮して作業の機械化やポカヨケ対策、自動化、また、設備性能の変動を考慮して運転実績の許容範囲を決める。7.5.1項の『製造及びサービスの提供』における『管理された状態』として規定されている項目は、業務が決められた通りに行われることを確実にするために「業務実行の計画」で決めたことである。
 
  業務実行において決められた通りではない不良や異常或いは不適合が発生するのは、決められた通りに業務が実行されない結果である。上記の『管理された状態』で業務が行われた上で、このようなことが起きる原因は例えば要員の想定外の過誤、設備機能不全、不良購買品の混入などであり、管理用語では要因の意図しない変動、或いは、管理できない要因の変動である。
 
  ところで、共通テキストは経営用語たる「リスク」を「不確実性の影響」と定義している(3.09項)。これを業務実行管理にあてはめると、要因の意図しない変動の結果で生じる可能性のある不良や異常或いは不適合がリスクである。すなわち、決められた通りではない不良や異常或いは不適合を防止する業務実行管理の活動は、用語『リスク』を用いると、リスク対応の活動であり、リスクの現実化を防止する管理活動である。
 
  従って、用語『リスク』を持ち込んだとしても、業務実行管理の概念や方法論には何の影響も与えないし、業務実行管理がより効果的なものとなる訳でもない。『リスクを特定する』『リスクを考慮する』という規定は、業務実行を計画し、業務実行を管理するということと同じことである。これは不必要な表現であり、もし規格の業務実行管理に対する規格使用者の理解を容易にするために管理活動の中味を記述するというのなら、すべての業務についての業務実行管理の規定にリスク云々を記述しないと体系的表現とは言えない。
 
A 予防処置
  決められたことが決められた通りに実現することを確実にする活動である業務実行管理は、不良や異常を発生させないようにする活動であるから本質的に予防的活動である。実際、業務実行管理は、不良や異常或いは不適合の発生を防止するという問題発生の未然防止に焦点が当てられている。この活動で問題発生の前にとられる処置は、規格の『潜在的不適合の原因を除去する活動』たる『予防処置』に相当する。『予防処置』を用語『リスク』を用いて表すなら、リスクの現実化を予知し、現実化を阻むためにとる処置ということになる。
 
  要因の意図しない変動で起きるかもしれない不良や異常を未然に検知して発生を防止する、製造業の伝統的な手法がいわゆる傾向管理手法である。発生してはならない不良や異常に結びつく要因の特性又は業務結果に関するデータの推移を監視して、その変化から発生の兆候を検出して、変化の原因を調査し、実際に発生する前に処置をとる。統計理論を基礎とする管理図法は発生の兆候を科学的に検知する手法として、かつては品質管理で広く用いられていた。
 
  切断面のバリを監視する、クレーンのロープの定期点検でロープ鋼線のほつれを監視するなどは傾向管理手法の操業管理、設備管理への適用の事例であり、これに基づき刃替え、ロープ交換を行うことはそれぞれ、不良製品の発生、ロープ破断事故の発生を防止するための処置であり、規格の『予防処置』である。日々の売上実績の累積グラフ、生産量実績の累積グラフによる監視は、月間売上、月間生産量の目標未達を防止する管理であり、傾向管理手法の営業管理、生産管理への適用の事例である。未達の可能性が感じられ何か特別な処置がとられれば『予防処置』である。
 
  業務実行管理の実務ではこの問題発生未然防止処置を「予防処置」とは呼ばない。しかし規格の『予防処置』の手順は業務実行管理における傾向管理手法による問題発生未然防止処置の手順そのものである。94年版の『予防処置』の規定(4.14.3)では、『不適合の潜在的原因を検出し、分析し、除去するための、製品の品質に影響を与える工程及び作業、特別採用、監査結果、品質記録、サービス報告書及び顧客の苦情のような適切な情報源の使用』と、傾向管理手法の方法論をそのまま表わしており、管理図法の使用は『工程能力及び製品特性の設定、管理並びに検証のために統計的手法が必要か否かを明確にすること』という『統計的手法』の規定(4.20.1)で示唆されていた。00年版では8.4項の『データ分析』の『(データ分析によって)予防処置の機会を得ることを含む、プロセス及び製品の、特性及び傾向(に関連する情報を提供しなければならない)』として引き継がれている。
 
  さらに、00年版で『予防処置』が『改善』の活動(8.5項)のひとつの処置として規定されているため、経営管理上の予防的処置の意味として解釈され、共通テキストでは経営体制の確立、更新の要件(6.1項)に用語『リスクと機会』を織り込んだことにより『予防処置』は不要として消去された。しかし、現行規格8.5.3項に規定される『予防処置』の手順は94年版の傾向管理手法の方法論のままであり、この『予防処置』が経営戦略の決定に係わる『リスク』に対応する経営上の判断と処置の実行の方法論であるとはとても考えられない。
 
用語『リスク』にはリスクの現実化を予防するための現行規格の『予防処置』のような処置は含まれていないから、業務実行管理に用語『リスク』を用いたことを理由に、業務実行管理の重要な方法論である『予防処置』の概念と規定を規格から無くすることは間違いである。
 
 
4. まとめ
  『運用管理』は英文の意味にそぐわず、実体を表さない不適切な和訳日本語である。これにはマネジメントシステムを運用するという響きがあり、組織で日々に行われている業務とは別物の マネジメントシステムという名の改善活動の業務の仕組みという考えを助長する訳語である。翻訳は、安易な直訳や逐次訳はなく、英文を規格の意図に沿って正しく解釈し、英文が表す物事の実体を正しく反映し、実務に適合した日本語となるように精一杯の努力をしなければならない。
 
  業務実行管理とは、要因の意図しない変動によって起きるかもしれない不良や異常を未然に検知して発生を防止する活動であり、「リスクの現実化」を防止する管理活動である。現状で規格にリスク概念が暗に含まれているのに効果的な「リスク対応」が出来ていないのではなく、不良や異常を防止する業務実行管理の活動がリスクマネジメント論では「リスクへの対応」と呼ばれるということを知らないだけである。業務実行管理の規定に用語『リスク』を持ち込む必要はない。用語『リスク』の取り込みに対応して『予防処置』の規定を消去したことは、規格の業務実行管理の論理と方法論の有効性を損なうことになる改悪である。
 
  実務では業務実行管理の概念と用語と手法は確立しており、それを基礎にこれまでの規格は書かれていた。これに経営用語の『リスク』を持込み、その上で業務実行管理に必須の『予防処置』を無くするCD版改訂は、規格の価値を毀損する愚挙である。認証業界と規格執筆者にとって用語『リスク』の導入が規格改定の格好の口実となっている感がある。
規格執筆者は、認証業界の思惑から独立し、効果的な経営管理の指針として効果的で信頼される規格にするという本来の規格改定作業に専念すべきである。
 
 
*1:CD版における業務実行管理に関連した用語『リスク』の規定
  8.3 業務実行計画活動の実行
    b) 物品及びサービスの要求事項への適合を達成することに関連するリスクを特定し対応する処置
  8.4.2 外部供給品の管理の方式と程度
    a) 特定したリスク及び潜在的影響
  8.5.1 開発の実行
    e) .....に関する開発活動に関連して特定したリスク及び機会
  8.6.5 引渡し後の活動
    a) 物品及びサービスに関連するリスク
  9.1.1 監視、測定、分析及び評価 一般
    組織は、決定したリスク及び機会を考慮しなければならない。
 
*2:業務実行の計画
  8.1 Operational Planning and control (業務実行の計画及び管理)
  8.3 Operational Planning process (業務実行計画活動の実行)
 
*3:吉田和夫他: 基本経営学用語辞典、同文館、H6.3.3;
*4:N.Croft, ISO9000‐これからの10年、www.j-vac.co.jp/isonews/file/100908_isonews.pdf
*5:ISO/CD9001. Introduction to this Committee Draft, 03)Significant Changes, d)Risk and Preventive Action
*6:S.Wehnmeier他、Oxford Advanced Learner’s Dictionary, Oxford University Press

H25.9.14(修 9.15)
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