ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
4       2015年版 ISO9001/CD 新要求事項 「知識」   (変更点の評価‐3)
<31e-01-04>
 
0. 概要   こちら
 
 
1. 新要求事項 (知識の充足)
  CD版7.1.5項の「知識」は、品質マネジメントの効果的な実行には資源としての「知識」の確実な充足が必要であるということを規定している。現行版に対応する条項や条文がないから新しい要求事項である。規定の趣旨は、組織は品質マネジメントの効果的な実行に必要な「知識を決め、維持し、保護し、必要に応じて利用できるようにしておかなければならない」であり、変化への経営上の対応を図る際には「持っている知識基盤を考慮し、必要な追加知識をどのように取得または利用するのかを決めなければならない」である*1。CD版前書きの重要変更点の説明はこの新要求事項に触れていないが、この導入についてふたつの見方が可能である。
 
 
2. 知的資源の充足管理
  ひとつは、新条項が経営資源としての知的資源の重要性を示すために現行の人的資源(6.2項)、物的資源(6.3項)、作業環境(6.4項)の3つの規定に追加されたという見方である。今日、組織の活動の源泉たる経営資源については、伝統的な人、もの、金の3要素の他に情報、組織文化、知恵、ワザ等々の無形の要素を含む様々な資源論が展開されている。指針規格ISO9004:2000でも様々な資源のニーズを挙げているが、その中で設備等の有形資源に対比して知的財産等の無形資源を取り上げている。派生マネジメントシステム規格ISO9004:2009でも資源として『インフラストラクチャー、組織の人々、作業環境』の他に、『供給者及びパートナー、天然資源』と合わせて『知識、情報、技術』を追加している。組織の業績に及ぼす知識や情報の重要性の認識のこの10年来の高まりを背景にCD版に「知識」条項が織り込まれたとすれば、時代の変化への対応という改定作業の目的に沿うものと考えることもできる。
 
   
3. 「知識」の充足に関連する現行規格の規定
  形のない資源たる「知識」は実務では、論理、技術、技法などの形式知は設備や電算機システムなど物的資源に織込まれ、或いは、手順書や報告書などに表わされ、専門性或いは経験則やノウハウなどの暗黙知は要員の職務能力の一部としてそれぞれ管理される。規格では、品質マネジメントの効果的な実行に必要なインフラストラクチャー(6.3項)、文書と記録(4.2項)、『力量』(6.2項)という規定の中に「必要な知識を決め、維持し、保護し、必要に応じて利用できるようにしておかなければならない」というCD版の規定が実質的に含まれている。組織が、インフラストラクチャー(6.3項)、文書と記録(4.2項)、『力量』(6.2項)の規定への適合を図ろうとするならすなわち、CD版規定の「知識」の充足の規定を満たすことになる。
 
@ 力量管理
  例えば、JISで『力量』と和訳される要員の職務能力はCD版でも「知識と専門性を発揮して意図された結果を出す能力」と定義*2されている。『要員は力量がなければならない』という規定(6.2.2項)を「知識」の管理の観点で捉えると、組織にどのような形式知である「知識」と暗黙知である「専門性」が必要かを「決め」、これを要員の職務能力として「維持し保護」することを意味している。「必要に応じて利用できるようにする」とは、それぞれの職務能力を持った要員にそれぞれの業務を行わせることである。
 
A 文書と記録の管理
  知識経営論では文書化は個人の暗黙知を組織のための形式知化する重要な手段とされるが、規格の文書や記録は「知識」管理の観点ではその作成がどのような知識が必要であるかを「決める」ことであり、改定や保管が「維持し保護する」ことであり、配布や検索が「利用できるようにする」ことを指す。責任者による手順書の適切性の承認(4.2.3 a)項)というのは実務では、規定された業務実行の方法や基準が狙いの結果を確実に、効率的に出すことができるものであることを組織と責任者に蓄積した「知識」を拠り所として評価し判断することに他ならず、これは規格では必要な知識を「維持する」ことの一環である。
 
B 設備管理
  設備の機能、性能、構造に関する技術知識に基づいて特定の仕様と品質の製品を確実に、効率的に製造する設備を決め、設計又は購入し、その運転を通じてさらに技術知識を積み上げ更新することは「知識」の管理の観点からは「必要な知識を決め、維持する」ことになる。図面を紛失せず又は図面や仕様を外部に漏らさないようにすることは「保護する」であり、「知識が使用できるようにする」とは設備を運転して製品を製造するように、設備を設置し保全活動を行うことである。
 
C マネジメントレビュー
  5.6.3項のマネジメントレビューの結論としての『資源の必要性』として、不良の低減のために現場一線管理者への統計的品質管理手法を習得させる必要とか、効果的な苦情処理のために科学技術的対応の強化の必要とかが決められることは、品質マネジメントの効果的な実行に必要な新たな「知識を決める」ことに相当する。
 
4. 不適合や事故・不祥事の防止
  もうひとつの「知識」条項の導入の背景として考えられるのは、日本の国内委員会の規格改正に向けたTC176への要請*3との関連である。要請は、認証組織が不適合や事故・不祥事を出し、製品品質に関して顧客の期待に応えられていないことへの対応として「製品及びその提供に係わる固有技術の獲得・向上」「知識、スキル不足、意図的な不順守、意図しないエラーを防ぐ仕組み」「製品の品質を示すパフォーマンス尺度に係わる計画、実施、チェック、改善」のそれぞれに関する明確な要求事項の追加を求めたと言われている。この内の前二者の必要を反映した「知識」が新7.1.5項となったという推定である。
 
  しかしそもそも、事故・不祥事の原因を「起こした組織の固有技術が標準的な組織に比べて劣っていた」からとか「知識やスキルが不足していた」からと断じ、その防止を図る文言を規定に追加すれば問題が解消するというのは、8.6.1 i)項の「人的過誤による不適合が阻まれていること」と同様*4の単純で短絡的な考え方である。こんな理由や非現実的な期待で「知識」条項が追加されるということは、規格執筆者が効果的な経営管理の指針としての規格の本質を忘れ、規格条文を認証審査の道具としてどのように変えることができるかという姿勢で改定作業を行っているのではないかとの疑念が生じるばかりである。
 
 
5. 規定表現上の問題点
  さらに、このCD版の新7.1.5項の規定は、「決め、維持し、保護し、利用できるようにする」と必要な「知識」の充足を一般的表現のPDCAサイクルで記述するだけであり、効果的な品質マネジメントの指針の記述としては文章が違うものの内容的に資源一般の充足の必要を記述する7.1.1項の「必要な資源を決め 、使用できるようにしなければならない」との規定の域を出るものではない。
 
  7.1.5項はこの7.1.1項や7.2項(力量)との重複記述に近い冗長な必要性の感じられない規定であり、少なくとも不可欠な規定ではない。また、「知識」の重要性は他の事項のマネジメンにおいても変わらないのに、品質マネジメントのISO9001にだけ規定するというのは、共通テキスト化の精神に反するものである。規格の命である体系性に欠けた規定表現でもある。
 
 
6. まとめ
  実務の経営管理において知的資源の重要性の認識が高まっていることは事実であるが、必要な「知識」の充足の管理は現行版でも「知識」を体現し又は含蓄する諸媒体の管理の規定の中で論理的に明確であり、それらの管理の中で実行されている。効果的な品質保証・顧客満足に係わる経営管理のあるべき姿を規定するISO9001に、改めて独立した条項として「知識」の充足の必要を資源の必要全般に対する一般的表現で規定しても、規格の有用性や価値が向上するとは思えない。むしろ、その非体系的表現の故に、規格解釈を混乱させる可能性がある。日本の提案が採用された結果としての新7.1.5項なら、論評に値しない愚挙である。
 
  いずれにせよ条文の日本語をそのまま規格の要求とし、組織が何かをしなければならないとする日本の規格解釈では追加要求事項として、認証審査では必要な知識或いは固有技術の一覧表の作成と更新といった無意味な形式が要求されることになるのであろう。
 
  実証され確立した論理の上に立つが故に効果的な品質保証・顧客満足追求の経営管理の指針として世界の多くの組織が依拠してきたISO9001規格であれば、規格執筆者にはそれを変える作業においては、時代の変化に鑑みて変えなければ規格準拠の組織の経営管理の効率や業績が低下し兼ねないとか、変えることによって組織の業績の向上にさらに寄与するという新しい考えを導入するとか、変えることが必要で意味があるものを追求するという本来の姿勢を貫いてもらいたいものだ。
 
 
*0:日本語条文は著者の英訳。ただし、現行規格と共通テキストにある用語はそのJIS和訳に従い『 』で表す
*1:7.1.5項 知識
組織は、品質マネジメントシステムの全体及び個々の業務の実行と、物品及びサービスの適合性と顧客満足を確実にするために必要な知識を決め、維持し、保護し、必要により使用可能な状態にしなければならない。
組織が変化するニーズと傾向に対応する場合には、持っている知識基盤を考慮し、必要な追加知識をどのように取得または利用するのかを決めなければならない(6.3参照)。
*2:3.10 力量 (comptence)
*3:棟近雅彦(TC176国内委員会副委員長)、次期ISO9001規格について、テクノファ年次フォーラム、H24.12.27
*4:本ウェブサイト 「2015年版ISO9001/CD 新要求事項「人的過誤による不適合が阻まれていること」(変更点の評価‐1)」
H25.9.27〈追9.29
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サニーヒルズ コンサルタント事務所