ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
認 識 と 自 覚
ISO 9001
ISO9001/14001
規格の論理   <2>
33b-01-02
ISO 14001
1. 認識と自覚
(1) 職務の認識
  ISO9001のJIS和訳は『認識』、ISO14001のJIS和訳は『自覚』であるが、原文はいずれも“awareness”である。気がついている、受けとめている(102)、また、何かが存在し、重要であることを知っている(101)の意味である。原文では同じ英語であるから『認識』も『自覚』も規格が意図するものは同じである。94年版でも指針規格(138c)では『認識』の概念が明らかにされていたが、JISは『理解する』と和訳していた。
 
  ISO9001の『認識』に関する規格の意図は、次のように様々に表されている。
要員が自らの活動と組織の品質目標 達成との関連性及び重要性、並びに、どのように寄与するかを認識する$42(6.2.2 d)項))
要求事項 を満たせなかったことが結果として組織と人々にもたらす悪影響を認識させる(ISO9004:2000(132e))
適切な業務遂行の利益と不十分な業務結果が他の人々や顧客満足、操業コスト、組織の業績に与える悪影響を認識させる(ISO9004-1:1994(138c))

  ISO14001(4.4.2)では、要員が『自覚』しなければならない事項を次のように詳しく規定している。
環境マネジメントの方針、手順、要件の遵守することの重要性
自分の仕事で発生し、自分の努力で改善できる環境影響
環境マネジメントの意図の達成のための自分の役割と責任
手順逸脱で生じる問題
 
  すなわち規格の『認識』『自覚』とは、要員が委ねられた業務に何を期待されているのか、また、それら業務が組織の全体の活動と組織の業績、つまり、狙いの顧客満足の実現或いは環境影響の狙いの実現をどのように支えているのかを理解し、以て自らが組織に欠くことのできない、重要な業務を委ねられていると感得することである。その組織全体の業務における役割、或いは、組織のために何をなさなければならないかという任務の観点からは、要員が行う業務は職務と呼ばれる(113)。規格の『認識』『自覚』をひとことで表すと、遂行すべき職務の認識、自覚であり、又は、委ねられた責任権限(5.5.1項)の認識、自覚である。
 
(2) やる気
  94年版の指針規格(138c)では、要員の「やる気(motivation)」が『認識』から生まれるという考えから、要員の『認識』の必要を説明していた。この「やる気」は、00年版では組織の目標達成への要員の参画意識として表現されている。すなわち、品質マネジメントの原則(131b)のひとつに『人々の参画』が掲げられ、その意義が「すべての階層の人々は組織にとって不可欠な存在であり、人々を組織の目標達成に参画させることが、人々の能力を全面的に引き出して組織の利益のために資さしめることを可能とする」と説明されている。要員が組織の一員としての意識を高め、職務を認識することが、組織の狙いの顧客満足の実現に向けての積極的な業務取組みに繋がる「やる気」を生む。要員が単に定められた手はずに従って業務を行うのではなく、この「やる気」を持って業務を行うことによって、要員はその持てる能力をその職務遂行のために発揮することとなり、以てその業務が真に効果的に行われることとなる。
 
  組織が品質方針に掲げた狙いの顧客満足を確実に実現し、又は、狙いの顧客満足の実現に齟齬を来たさないためには、各業務のそれぞれが定められた通りに実行され、定められた通りの結果が確実に出るように実行されなければならない。これには、すべての要員がそれぞれの職務能力を持つだけでは十分ではなく、「やる気」を持ってそれぞれの職務を遂行することが必要である。すべての要員が「やる気」を基本として職務を遂行するという心構えで委ねられた業務を行うことにより、例え組織の事業環境や組織の業務と要員の業務実行において少々の想定していない状況に当面しても、狙いの顧客満足を確実に、また、効率的に実現させることができる。
 
  規格では言及されていないが、要員がその持てる能力のすべてを業務の効果的実行と組織の狙いの顧客満足の実現に発揮することは、組織にとって大きな利益であると同時に、要員も自己実現欲求や承認欲求が満たされ、仕事のやりがい或いは生きがいという人間としてかけがえのない満足感を得る。
 
(3) やる気の醸成の方法論
  規格では、やる気、参画意識の醸成の基本は、上記(1)の『認識』、つまり、各要員がそれぞれの職務を認識することである。職務の認識は、要員が組織全体或いは他の分野、部門について知っていることが前提であるから、要員が常に知らされている状態でなければならず、また、それに対して意見を述べることができる状況にあることが必要である。更に組織の業績に直接関係する事項に実際に参画できる機会や場を設けることでなければ、やる気が空回りするだけになる。
 
  指針規格(132e)では、要員を知らされている状態に置くことを教育訓練の役割として、要員の参画の促進のための、組織の経営戦略、経営方針と目標、事業構造の変化と発展、改善活動の実行、創造と変革の必要性、組織の社会的重要性についての教育訓練の必要を規定している。規格では、不足する職務能力を補う手段としての教育訓練の必要が規定(本項b)項)されているが、委ねる業務に対してきちっと職務能力を身につけさせるような要員管理も、やる気醸成に大きな役割を果たす。更に、指針規格(132e)では、組織の経営目標の達成に関連しての要員の能力開発の必要にも言及している。要員の能力開発に対する支援が参画意識醸成に大切であることは今日では経営の常識と言える。
 
  規格の規定する組織内情報連絡の在り方(5.5.3項)も、要員のやる気や職務の認識に強く関係している。すなわち、要員を知らされている状態にするためには、品質マネジメントに関する情報を日常的に要員に積極的に伝えることが不可欠である。このことによって要員は、その職務への理解を深め、また、最新の状況における職務遂行の方向や留意点を自ら確立することができる。組織内情報連絡と要員のやる気醸成とに関連して指針規格(132a)は、経営者、管理者が人々からの問題指摘や提案、情報連絡を推奨し、それに適切に対応することの必要を規定し、この手段には、職場での管理者主導の情報交換、成果報告の発表や会合、掲示板や社内報、eメールやウェブサイト、従業員満足調査及び提案制度があるとしている。
 
  更に、指針規格(132b)では、作業環境(6.4項)に物理的要素と人的要素とがあるとし、とりわけ後者の作業環境が要員のやる気や満足感と業務実績に影響するとしている。そして、やる気を高める人的作業環境に関して、創意工夫が可能な業務を与え、重要問題への参画の機会を与えること、安全規則を整備し安全な業務実行が可能な状態を確保すること、物的資源に対して人間工学的配慮をすること、福利厚生制度や施設を整備すること等を例示している。この作業環境には、日本でよくあるQCサークル活動や安全、環境、TPMなどの小集団活動が含まれる。また、新規設備の操作盤の各種ボタンやレバーの配置の設計をその操作予定の要員に委ねること、作業の詳細要領の作成を要員に委ねることなど、要員の能力活用の組織風土もやる気醸成の作業環境に含まれる。
 
  また、トップマネジメントが品質マネジメントに取組む姿勢を明らかにすること(5,1項)、品質方針を組織に伝達すること(5.3 d)項)、顧客満足の実現に係わる業務実行を日常的に監督すること (5.2項)、組織内で必要な情報が交換されるよう監視すること (5.5.3項)などの規定は、トップマネジメンが自身のやる気を見せることが要員のやる気の源であることを示唆している。
 
 
2. 認識と自覚の規定化の背景
(1) 日本的経営
  品質をはじめとする組織の様々な業績の改善に人々の能力と意欲を活用することは、戦後日本の国民風土の上に育まれた日本的経営の特徴のひとつであり、不良のない優れた品質の製品を生み出した輸出企業の製品製造に係わる経営管理(マネジメント)、つまり、“ものづくりのマネジメント”の基本要素である。ISO9001に『教育・訓練』『動機づけ』『認識』の概念と必要性が取り入れられたのは、日本製品の優れた品質の背景に日本的経営があること、その特質である製造現場の要員の高い学歴、能力とやる気、職責意識に欧米人が気づいた結果である。
 
  経済発展に向けて実践と結果を重視して突き進む風潮の中で、日本的経営も明確な定義をしないままで来た。このため、日本国内でも日本的経営が何かについても様々に受けとめ方がある。最も典型的なのは、終身雇用制度、年功制、企業別労働組合をその特徴とする説であるが、企業内異動と内部昇進制、合意による意思決定を加える説(54)、更に、企業内教育訓練制度などの雇用慣行を指摘する向きもある。 一方、これらは日本的経営の本質ではなく、それを支える要素としての形態に過ぎないとする議論(66a)がある。例えば、日経連はその報告書(67)の中で「日本的経営の特質は、それらの形態の根本にある人間中心(尊重)の経営と長期的視野に立った経営という理念にある」と主張している。また、1989年のMITのメイド・イン・アメリカ報告書の指摘(35)の米国経営の問題点の中に、短期的視野の経営、人的資源の軽視、労使協調体制の欠如が含まれているのは、米欧日の企業を実地調査した人々が見抜いた日本的経営の特質を逆の形で表現しているものであろう。
 
  この人間尊重ということに関連しては、「技術や制度と人間労働との接点におけるノウハウ」という「ヒューマン・ウェア」であると表現される(68)一方、労働運動の立場からは「強制と誘導で巧みに労働者を陰陽の競争にかりたてて、自発的な働き過ぎとも見える搾取強化に労働者を誘い込むしくみを内蔵した、しばしば集団主義により全員参加の外観をとった、きわめて柔軟な経営体系である(66b)」と定義されたりする。そして、その源流を米国で1950〜1960年代に登場した経営管理学説「人間資源論(Human resource theory)」(54)とその経営管理技法である「人間関係管理(Human relations)」に求める説(69)がある。この考えによると日本的経営の主要な要素である人間重視も、米国生まれの日本育ちということになる。
 
輸出企業の製品製造に係わる経営管理(マネジメント)ないし“ものづくりのマネジメント”にも定義はないが、戦後に米国から学んだ品質管理の手法を軸として、いわゆる日本的経営の枠組みの中で、品質向上、苦情低減に向けて追求してきた製造現場の管理の考え方、手法、活動、仕組みの集大成である。その特徴は基本において品質・顧客重視、改善の推進、データ重視であり、業務実行に関して人々の能力とやる気、職責意識に期待し、それを業務に発揮させるという人間尊重であり、このための人事制度、福祉施策を推進し、職場風土や企業文化の醸成を図るというのが骨子である。
 
(2) 人間尊重の経営
  人間尊重の経営においては、人々の持つ能力とそれを仕事に発揮しようとする意欲ややり遂げなければならないとするやる気と職責意識に期待する。とりわけ生産現場の人々にも、能力開発とやる気の醸成と共に、細分化され単純化された作業の忠実な実行者という伝統的な役割から脱してその役割を高め、拡げ、品質をはじめとする現場の様々な業績の改善に人々を寄与させようとする。品質保証の要の検査を生産現場部門に委ねる“自主検査”や、試験員への試験結果判定権限の委譲、操業員による設備の日常的“自主点検”の実施、或いは、日常の製品品質の管理における操業員からの情報の採用と判断権限の委譲などが典型的事例である。さらに、業務と離れたQCサークル活動などの改善活動、改善提案制度、新設備の導入に際する操業員の必要に係わる知恵や意見の取り入れ、作業手順の確立への操業員の意見の取り入れ等々、生産現場で働く人々を企業業績の向上に参画させる様々な試みが、各企業で実践され、“ものづくりのマネジメント”の手法となった。
 
  要員が単に定められた手はずに従って業務を行うのではなく、やる気と責任感を持って業務を行うことによって、要員はその持てる力のすべてをその職務遂行のために発揮することとなる。要員がその持てる力のすべてを業務の効果的実行と組織の経営目標の達成、ないし、組織の業績改善に発揮することは、組織にとって大きな利益である。同時に、要員はその業務の効果的な実行を通じてその能力を発揮でき、その中で人間の本質である進歩や改善の意欲を満たすことができる。さらに、職場や組織の経営目標の達成、ないし、業績の改善に直接貢献していることを実感する。これを認める職場運営や組織の人事制度や施策によって、要員の自己実現欲求や承認欲求が満たされ、仕事のやりがい或いは生きがいという人間としてかけがえのない満足感を得る。これが更にやる気と勤労意欲を高め、責任意識を強め、仕事への満足感を深め、組織への信頼感を高め、帰属意識を深め、組織の発展や業績への忠誠心を強めることになる。
 
  日本の製造現場を中心に進められた、要員の能力や意欲に期待することを中心とする人間尊重の経営が、結果として不良のない製品を高い能率で低いコストで製造することを可能としたものとして、1980年代に欧米で広く認められるようになった。この人間尊重の経営の考え方や手法は今日の組織経営において、品質保証や製造現場の管理だけでなく、すべての経営管理(マネジメント)の側面について、その経営目標の達成、或いは、業績の改善に効果的で不可欠な普遍的なものとみなされるようになっている。そして今日では欧米でも、やる気、参画意識、承認欲求、従業員満足というような用語は経営管理において普通に用いられるようになっている。
 
(3) 人間尊重の経営の実際の効用(米国の事例)
  1970〜80年代には日本製造業が製品品質で世界を席巻したが、欧米諸国ではその背景のひとつに、日本に特有の製造現場の経営管理、“ものづくりのマネジメント”にあることに次第に気付いていった。例えば、自動車を巡る日米貿易摩擦が終息に向かう直前の時期の1983年の米国有力紙の特集記事(70)では、「日本車の品質は25万人の自動車労働者の解雇や22%の販売シェアを掴み取るまでに優秀か」という刺激的書出しに続けて「車に乗る人には答えは明確にイエスであり、それはデトロイト(筆者註:ビッグスリー幹部)も知っている」とほとんど タブー であった事実を認めた上で、「日本人は我々と違った方法で車を造っているのではない。彼らは我々より優れたマネジメント によって我々を叩きのめしたのだ」との自動車会社を支援してきたコンサルティング会社首脳の見解で締めくくられている。
   
  日本では著名だが、米国では統計的解析法の専門家として知られる程度だった デミング氏は、日本製品の優れた品質の生みの親として1980年代に母国で脚光を浴びた。同氏が1981年に要請を受けて 品質競争力を失ったフォード自動車の再生に関して提起したのは品質管理手法ではなく マネジメントの変革の必要であり、従業員のやる気から労使の民主的な協調まで人間関係の重要性を説いて経営者や管理者を驚かせた(60)。この後、デミング氏は主催するセミナーで、米国企業が競争力をつけるための「マネジメントの14原則」を亡くなる直前までの10数年間、20万人もの人に説いた。この「14原則」を同氏の側に永年あった吉田耕作氏は、同氏の日本での体験に基づく「品質管理の技術が真に効果を発揮するには安定雇用や人的資源を最重要資源と見做す日本の企業文化が不可欠」という認識を基礎としていると述べている(61)。
 
  1985年の産業競争力に関する大統領評議会の報告であるヤング・レポートでは、競争力強化のための4項目の提言を行っているが、そのひとつに人的資源開発の必要を取り上げ、労働者の技能、順応性、意欲の向上の必要を挙げている(63)。上記(1)のようにMITの産業生産性調査委員会の報告書「メイド・イン・アメリカ―アメリカ再生のための日米欧産業比較」でも米国産業界に巣食う病として人的資源の軽視が挙げられている(35)。
 
  1987年に制定された米国経営品質賞の表彰基準は事実上、日本との品質競争に敗れ停滞する米国経済の復活のための企業経営の指針を示すものであるが、ここでも人的資源重視の必要が明確にされている。その趣旨(62)は、優れた経営業績をあげるためには、従業員にやる気をもたせ、潜在能力を開発させ、それを組織の目標に振り向けさせることが必要であり、組織は経営業績の向上と人々の成長を育むような従業員支援風土と業務環境とを構築し維持することが必要であるということである。
 
  日本の人間尊重の“ものづくりのマネジメント”が、確かに日本製品の優れた製品の背景であったことは、1980年代の初め頃から前後して米国に進出した日本企業の現地従業員主体の工場でも日本製並みの優れた品質の製品が造られるという事実によって、誰の目にも明らかになる。この後の1990年代半ばには、米国製造業は製品品質における顕著な改善と共に企業業績を大きく改善し、「米国の復活」とも呼ばれる競争力の回復を果たした。この原因を分析した ヤシノウスキー氏らは、「成功への10の道筋」を「従業員の創造力と活力を引き出す」「顧客を満足させ新市場を発見する」「絶えざる改善をする」の3つの要素に大別して挙げている(59)。「米国競争力を甦らせた“日本研究”」という副題の ヒュージュ氏らの著作「かくして日米製造業は再逆転した」でも、その15の前提条件に従業員の参画に係わる5つの条件を挙げている (58)。さらに、品質管理の専門家と見做されていたデミング氏が、「マネジメントの14原則」として人間尊重の経営を米国内に浸透させたことが米国製造業再生につながったとする ガポール氏の著作「デミングで甦ったアメリカ企業」が発表されている。また、米国再生の筋道を経営管理(マネジメント)の手法にまとめた研修プログラム(65)が開発されたが、その中心は経営目標を明確にし、信頼に基づく職場風土の下で自立した個人の能力の向上を支援し、その活用を図るということであった。
 
  米国ではその後、従業員が企業の成功に貢献しようとする意欲と能力を意味する“engagement”という新語が現れた。また、米国の自動車技術者協会(SAE)事務局長はその体験論の中で、管理者たる者は職場では誰もが「私を重要な人間だと思わせて下さい(Make me feel important)」という看板を胸に掲げているのだ、と考えて部下と対応しなければならないと説いて、承認欲求の重要性を述べている。こうして、人間尊重の経営の考え方は1990年代には米国においても定着したと思われる。

(4) 人間尊重の経営の品質保証規格への採り入れ
  品質保証規格に人的資源の概念が現れたのは、1979年作成のBS5750に教育訓練に関する要件が採り入れられたのが最初と言われる。これは、BS5750を基礎として作成されたといわれるISO9001の1987年初版では、検証活動への『訓練された人員』の割当てが必要とする規定として引き継がれた。94年版では『訓練された要員』を品質マネジメントのすべての業務に割当てなければならないとなり、この指針規格(138c)では、自分の業務が組織全体の業績にどのように繋がるかを認識させることが要員のやる気の根本であるとして、要員をして職務を『認識』させることの必要を説いている。これが、00年版では規格要求事項となり、指針規格(131b)では、要員を組織の基本要素と位置づけ、要員を組織の目標達成に全面的に参画させることによって、その能力を引出して組織の業績向上に資さしめることができると説くに至った。
 
(5) 人間尊重の経営の基盤
  人間尊重の経営では、どの要員をもひとりの職業人として遇し、その業務能力と業務結果に期待することを基本とし、要員が仕事を通じて幸せを感じることを支援する、施策や制度を整え、組織風土、企業文化としての確立を図る。この中から生まれる要員の組織に対する信頼感や安心感が、要員の能力とやる気を育む。前記(3)のデミング氏は日本的経営の特質と当時の米国の状況に鑑みて、これを「 (勤労者から)恐れや不安を取り除き、信頼や協調に基づく企業文化を育成することによって、個々の勤労者の能力や創造力を最大限に発展させ、組織全体の目的をより効率的に達成し、組織体の競争力をつける」と説いた(61)。
 
  米国経営品質賞(62)の表彰審査では、人的資源に関して、組織がどのようにして、従業員にやる気をもたせ、組織の目標と実行計画と整合する形で持てる能力を向上させ発揮させることができているか、及び、組織の業績向上及び従業員個人と組織の成長に資する勤務環境と従業員支援風土を構築し維持するためにどのように努力しているかが焦点になる。表彰基準は、これに関係する事項として、勤務制度、従業員教育、従業員福祉を挙げており、組織は審査で、勤務制度に関しては業務内容、給与、昇進、意識づけに係わる制度、従業員教育では従業員の知識、専門性、業務能力、業務出来ばえの向上のための教育訓練、従業員福祉では従業員の幸せ、満足感、やる気に資する業務環境と従業員支援風土について吟味される。これらが米国でのやる気醸成のために組織が取り組むべき標準的手段であると理解できる。
   
  終身雇用制度の下の要員の業務経歴は、業務に経験を積み、業務範囲を拡げ、業務の出来ばえを含む業務能力を高めるという考えで管理される。人々は勤務年月を経るにつれ、能力開発実績や業務経験と業務実績の評価を基に、より高度なより重要な業務を委ねられ、或いは、役職を与えられ、より重い責任を持たされる。高度の職務能力を身につけた要員が簡単に組織を去るというような雇用状況になければ、組織の行う人材育成投資は、組織の業務能力向上と業績向上という形で確実に組織に還元されるから、能力開発教育や福祉制度への投資に経営上の躊躇はない。また、要員は努力が組織の業績を通じて自らに還元されることが理解できる、組織との一体感の上で、能力向上結果を組織のために全面的に使用することを躊躇しない。人々は自身の業務能力の向上とその組織への貢献、仕事のやりがいを実感し、やる気を燃やし、参画意識を高める。
 
  規格ではこの経営基盤の側面を作業環境の人的要素に位置づけている#24。これに関して、D.Hoyle氏(23b)が、倫理意識、企業文化、職場風土の影響を含む人間関係、及び、人事評価、負った責任、業務実績、昇進昇格、報酬、雇用の安定性、職場の人間関係、指導性、仲間意識、自負心、ストレスなど要員の内面的欲求や外部からの影響を、作業環境の人的要素であると説明している。それらのいずれもが、最終的に要員の業務に対するやる気に影響するからである。また、R.Tricker氏(26b)は、作業環境の人的要素として作業方法、業績、参画機会、安全規則や指導、人間工学を挙げ、物理的要素も含めて作業環境が人々のやる気、満足及び業務実績に影響すると説明している。
 
  しかし、規格執筆者ではC.A.Cianfrani氏(21j)は人的要素として、作業方法、保護具着用を含む安全規則と人間工学を挙げるだけであり、C.MacNee氏ら(22i) は人的要素の存在自体に触れていないし、TC176商業本(20e) も設備に関する人間工学的配慮の大切さに触れているだけである。『認識』の確立を要件とし、『人々の参画』を基礎としての品質マネジメントの実行を謳い、社会的、心理的な意味での作業環境の存在を明確にしていながら、これら規格執筆者の意識が希薄過ぎると考えざるを得ない。08年版では定義を否定する形で作業環境を物理的と環境的要因のものに限定するかの註記が6.4項に追加された。認証審査での適合性判断が難しいというのが理由である可能性が考えるが、効果的な品質マネジメントの必要条件を規定する規格としては問題がある。
 
  日本で1980〜90年代にもてはやされた能力主義賃金制度の見直しや、1990年代に始まった非正規雇用拡大の動きに抗した2000年代後半の非正規社員の正社員化の動きの背景には、人々のやる気が組織の業績に繋がることに対する経営者の再認識があるに違いない
 
 
3. ISO14001の自覚
 ISO14001では、1996年初版ですでにISO9001の00年版の標題(6.2.1項)の『力量、認識及び教育・訓練』に相当する『訓練、自覚及び能力』が要求事項 として規定されていた(4.4.2項)。JIS和訳が両規格で異なるが原文では同じであり、『訓練』は“training”、『自覚』は“awareness”、『能力』は“competence”であるから、ISO9001のJIS和訳の『教育・訓練』『認識』『力量』にそれぞれ対応する。従って『認識』を規格要求事項 としたのはISO14001が先である。そして、この標題は04年版では『力量、教育訓練及び自覚』となり、ISO9001も08年版で『力量、教育・訓練及び認識』となって、両規格の標題表現が原文では同じとなった。
 
  一方、『教育・訓練』と『力量』に関する要求事項 記述は、ISO14001の96年初版ではISO9001の94年版の規定と考え方に近い。04年版では、ISO9001の00年版と同じく教育訓練が『力量』醸成の手段であることを明確にする記述となった。しかしなお、ISO9001とは記述に相違があり、概念整理の不徹底さが見られる。
 
  いずれにせよISO14001の『自覚』もISO9001の『認識』と同じく、要員の効果的な業務実行の必要条件としての「職務の認識」という意味で規定されている。従って環境に対する『自覚』とは、社会人としての地域の環境や地球環境問題に対する自覚ではなく、組織が社会に及ぼしている環境影響の自覚であり、組織として必要な環境影響の低減や管理に対する自らの業務の役割や責任を自覚することである。
 
  今日では『自覚』『認識』は、経営管理(マネジメント)の普遍的原理となっている。これを背景に、その後にISOが作成した例えば、情報セキュリティTのマネジメント システム規格 ISO27001でも、標題『教育・訓練、意識向上及び力量』の下に『要員が自らの情報セキュリティについての活動がもつ意味と重要性とを認識し、ISMSの目的達成に向けて、自分はどのように貢献できるかを認識する』ことの必要が規定されている(5.5.2項)。なお、この『意識向上』は原文の“awareness”のJIS和訳である。
 
 
引用文献
  実務の視点によるISO9001:2008要求事項の解説(改定版)と共通

H23.7.18 
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 サニーヒルズ コンサルタント事務所