ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
32 6.2.2項  力量、教育・訓練及び認識 実務の視点による
ISO9001:2000の解説(新版) 
35-02-32
6.2.2 力量、教育・訓練及び認識
組織は、次の事項を実施しなければならない。
a) 製品要求事項への適合に影響がある仕事に従事する要員に必要な力量を明確にする。
b) 該当する場合には(必要な力量が不足している場合には)、その必要な力量に到達することができるように教育・訓練を行うか、又は他の処置をとる。
c) 教育・訓練又は他の処置の有効性を評価する。
d) 教育・訓練又は他の処置の有効性を評価する。
e) 組織の要員が、自らの活動のもつ意味及び重要性を認識し、品質目標の達成に向けて自らがどのように貢献できるかを認識することを確実にする。
f) 教育、訓練、技能及び経験について該当する記録を維持する(4.2.4参照)。
 
 
1.要旨

  本項では、品質マネジメントの業務の効果的な実行を図るために、必要な人的資源を間違いなく用意する人的資源マネジメントの要件を規定している。
 
  組織は品質マネジメントの各業務に、定められた手はずに則って実行し所定の結果を確実に出すことができる職務能力を持つ要員を割当てることが必要である(6.2.1項)。このために、必要な職務能力を組織内に維持し、日々の業務をそれぞれの職務能力を有する要員に行わせるよう、職務能力の充足と配置を管理しなければならない。組織は将来にわたって必要となる又は不足する職務能力を常に把握し、時宜を得て充足しなければならない。また、要員のやる気の醸成の手段のひとつとして要員の職責意識の涵養に努めなければならない。個々の要員の持つ職務能力を把握するのに必要となる学歴、組織内教育訓練歴、専門能力、職歴の記録を維持しなければならない。」
 
  組織は、品質マネジメントシステムの計画の一環として、職務能力の観点からの要員の充足を管理する手はずを整え、これに則って日々の業務に必要な職務能力を持った要員を配置しなければならない。また、要員の職務の認識を確実するための要員への働きかけを各階層の部門の管理者の職務として明確に規定しなければならない。
 
 
2. 背景 及び 関連事項
2-1. 人的資源マネジメント
 6章は資源マネジメントに関する要件が規定されており、6.2項の標題は『人的資源』であるがその趣旨は「人的資源 マネジメント」である。その一副条項である本項は、人的資源マネジメントの要員の充足管理と職責意識涵養に関する要件を規定している。
 
  要員を人的資源と捉え、要員にその能力のすべてを委ねられた業務の実行に注ぎ込むことを期待する人的資源マネジメントの考え方は、1980年代に日本製品の圧倒的な品質競争力の原動力として世界が認識した日本式の人間重視の経営を基礎としている。ISO9001は初版から教育訓練や資格認定に関する規定を持っていたが、世界での人間重視の経営に関する理解の進捗に伴い、00年版で職務能力とやる気に繋がる『認識』として整理され、全面的に取り入れられた。00年版指針規格(131b)は、この資源マネジメントの狙いを品質マネジメントの8原則のひとつに『人々の参画』を掲げて明確にしている。
 
  規格では人的資源の指標は員数でなく、職務能力である(6.2.1項)。また、組織が要員のやる気の醸成に努めるべきことを、直接、間接に規定しており、規格の人的資源マネジメントは職責意識に繋がる職務の認識をも対象としている。規格の人的資源マネジメントの役割は、すべての業務にそれぞれの職務能力を持った要員を割り当てることができるという観点から要員の充足と配置を管理することであり、及び、職務能力の効果的な発揮をもたらすやる気の基礎となる要員の職責意識を涵養することである。
 
 
2-2. 認 識
(1) 職務の認識
  ISO9001のJIS和訳は『認識』、ISO14001のJIS和訳は『自覚』であるが、原文はいずれも"awareness"である。気がついている、受けとめている(102)、また、何かが存在し、重要であることを知っている(101)の意味である。原文では同じ英語であるから『認識』も『自覚』も規格が意図するものは同じである。94年版でも指針規格(138c)では『認識』の概念が明らかにされていたが、JISは『理解する』と和訳していた。
 
  ISO9001の『認識』に関する規格の意図は、次のように様々に表されている。
要員が自らの活動と組織の品質目標 達成との関連性及び重要性、並びに、どのように寄与するかを認識する$42(6.2.2 d)項))
要求事項 を満たせなかったことが結果として組織と人々にもたらす悪影響を認識させる(ISO9004: 2000(132e))
適切な業務遂行の利益と不十分な業務結果が他の人々や顧客満足、操業コスト、組織の業績に与える悪影響を認識させる(ISO9004-1:1994(138c))
  ISO14001(4.4.2)では、要員が『自覚』しなければならない事項を次のように詳しく規定している。
環境マネジメントの方針、手順、要件の遵守することの重要性
自分の仕事で発生し、自分の努力で改善できる環境影響
環境マネジメントの意図の達成のための自分の役割と責任
手順逸脱で生じる問題
 
 すなわち規格の『認識』『自覚』とは、要員が委ねられた業務に何を期待されているのか、また、それら業務が組織の全体の活動と組織の業績、つまり、狙いの顧客満足の実現或いは環境影響の狙いの実現をどのように支えているのかを理解し、以て自らが組織に欠くことのできない、重要な業務を委ねられていると感得することである。その組織全体の業務における役割、或いは、組織のために何をなさなければならないかという任務の観点からは、要員が行う業務は職務と呼ばれる(113)。規格の『認識』『自覚』をひとことで表すと、遂行すべき職務の認識、自覚であり、又は、委ねられた責任権限(5.5.1項)の認識、自覚であり、これを通じて要員の職責意識が涵養される。
  
(2) やる気
 94年版の指針規格(138c)では、要員の「やる気(motivation)」が『認識』から生まれるという考えから、要員の『認識』の必要を説明していた。この「やる気」は、00年版では組織の目標達成への要員の参画意識として表現されている。すなわち、品質マネジメントの原則(131b)のひとつに『人々の参画』が掲げられ、その意義が「すべての階層の人々は組織にとって不可欠な存在であり、人々を組織の目標達成に参画させることが、人々の能力を全面的に引き出して組織の利益のために資さしめることを可能とする」と説明されている。要員が組織の一員としての意識を高め、職務を認識することが、組織の狙いの顧客満足の実現に向けての積極的な業務取組みに繋がる「やる気」を生む。要員が単に定められた手はずに従って業務を行うのではなく、この「やる気」を持って業務を行うことによって、要員はその持てる能力をその職務遂行のために発揮することとなり、以てその業務が真に効果的に行われることとなる。
  
 組織が品質方針に掲げた狙いの顧客満足を確実に実現し、又は、狙いの顧客満足の実現に齟齬を来たさないためには、各業務のそれぞれが定められた通りに実行され、定められた通りの結果が確実に出るように実行されなければならない。これには、すべての要員がそれぞれの職務能力を持つだけでは十分ではなく、「やる気」を持ってそれぞれの職務を遂行することが必要である。すべての要員が「やる気」を基本として職務を遂行するという心構えで委ねられた業務を行うことにより、例え組織の事業環境や組織の業務と要員の業務実行において少々の想定していない状況に当面しても、狙いの顧客満足を確実に、また、効率的に実現させることができる。
  
 規格では言及されていないが、要員がその持てる能力のすべてを業務の効果的実行と組織の狙いの顧客満足の実現に発揮することは、組織にとって大きな利益であると同時に、要員も自己実現欲求や承認欲求が満たされ、仕事のやりがい或いは生きがいという人間としてかけがえのない満足感を得る。
  
(3) やる気の醸成の方法論
 規格では、やる気、参画意識の基礎は、上記(1)の『認識』、つまり、各要員がそれぞれの職務を認識することを通じて自らに育む職責意識である。職務の認識は、要員が組織全体或いは他の分野、部門について知っていることが前提であるから、要員が常に知らされている状態でなければならず、また、それに対して意見を述べることができる状況にあることが必要である。更に組織の業績に直接関係する事項に実際に参画できる機会や場を設けることでなければ、やる気が空回りするだけになる。これらいずれについても、各階層の部門の管理者の要員への働きかけが核となる。
  
 指針規格(132e)では、要員を知らされている状態に置くことを教育訓練の役割として、要員の参画の促進のための、組織の経営戦略、経営方針と目標、事業構造の変化と発展、改善活動の実行、創造と変革の必要性、組織の社会的重要性についての教育訓練の必要を規定している。規格では、不足する職務能力を補う手段としての教育訓練の必要が規定(本項b)項)されているが、委ねる業務に対してきちっと職務能力を身につけさせるような要員管理も、やる気醸成に大きな役割を果たす。更に、指針規格(132e)では、組織の経営目標の達成に関連しての要員の能力開発の必要にも言及している。要員の能力開発に対する支援が参画意識醸成に大切であることは今日では経営の常識と言える。
  
 規格の規定する組織内情報連絡の在り方(5.5.3項)も、要員のやる気や職務の認識に強く関係している。すなわち、要員を知らされている状態にするためには、品質マネジメントに関する情報を日常的に要員に積極的に伝えることが不可欠である。このことによって要員は、その職務への理解を深め、また、最新の状況における職務遂行の方向や留意点を自ら確立することができる。組織内情報連絡と要員のやる気醸成とに関連して指針規格(132a)は、経営者、管理者が人々からの問題指摘や提案、情報連絡を推奨し、それに適切に対応することの必要を規定し、この手段には、職場での管理者主導の情報交換、成果報告の発表や会合、掲示板や社内報、eメールやウェブサイト、従業員満足調査及び提案制度があるとしている。
 
 更に、指針規格(132b)では、作業環境(6.4項)に物理的要素と人的要素とがあるとし、とりわけ後者の作業環境が要員のやる気や満足感と業務実績に影響するとしている。そして、やる気を高める人的作業環境に関して、創意工夫が可能な業務を与え、重要問題への参画の機会を与えること、安全規則を整備し安全な業務実行が可能な状態を確保すること、物的資源に対して人間工学的配慮をすること、福利厚生制度や施設を整備すること等を例示している。この作業環境には、日本でよくあるQCサークル活動や安全、環境、TPMなどの小集団活動が含まれる。また、新規設備の操作盤の各種ボタンやレバーの配置の設計をその操作予定の要員に委ねること、作業の詳細要領の作成を要員に委ねることなど、要員の能力活用の組織風土もやる気醸成の作業環境に含まれる。
 
 また、トップマネジメントが品質マネジメントに取組む姿勢を明らかにすること(5,1項)、品質方針を組織に伝達すること(5.3 d)項)、顧客満足の実現に係わる業務実行を日常的に監督すること (5.2項)、組織内で必要な情報が交換されるよう監視すること (5.5.3項)などの規定は、トップマネジメンが自身のやる気を見せることが要員のやる気の源であることを示唆している。
 
 
2-3. ISO9001規格への"認識"の導入
(1) 人間尊重の経営の品質保証規格への採り入れ
 1970〜80年代には日本製造業が製品品質で世界を席巻したが、欧米諸国ではその背景のひとつに、日本に特有の製造現場の経営管理、"ものづくりのマネジメント"にあることに次第に気付いていった。そして1980年代に入ると、その特質が製造現場の要員の高い学歴、能力とやる気、職責意識といった人間的要素にあること、及び、これが結果として不良のない製品を高い能率で低いコストで製造することを可能としたものであることが、欧米で広く認められるようになった。
  
 品質をはじめとする組織の様々な業績の改善に人々の能力と意欲を活用することは、戦後日本の国民風土の上に育まれた日本的経営の特徴のひとつである。この"ものづくりのマネジメント"には定義はないが、輸出産業を中心とする製造業において、戦後に米国から学んだ品質管理の手法を軸として、日本的経営の枠組みの中で、品質向上、苦情低減に向けて追求してきた製造現場の管理の考え方、手法、活動、仕組みの集大成である。その特徴は基本において品質・顧客重視、改善の推進、データ重視であり、業務実行に関して人々の能力とやる気、職責意識に期待し、それを業務に発揮させるという人間尊重であり、このための人事制度、福祉施策を推進し、職場風土や企業文化の醸成を図るというのが骨子である。
  
 今日では、日本のこの人間尊重の経営の考え方や手法は今日の組織経営において、品質保証や製造現場の管理だけでなく、すべての経営管理(マネジメント)の側面について、その経営目標の達成、或いは、業績の改善に効果的で不可欠な普遍的なものとみなされるようになっている。そして今日では欧米でも、やる気、参画意識、承認欲求、従業員満足というような用語は経営管理において普通に用いられるようになっている。ISO9001への人間尊重に係わる規定は、この"ものづくりのマネジメント"に関する欧米の理解の進展に伴って変化し、『認識』は00年版で初めて要求事項として規定されることとなった。また、環境(ISO14001)や情報セキュリティ(ISO/IEC27001)など他のマネジメント システム規格にも経営管理(マネジメント)の普遍的原理として織り込まれている。
 
 すなわち、米国のMILQ9858に始まる各国の品質保証規格には人的資源の概念は存在しなかった。その最初が、日本の製品品質を念頭に作成されたとされる1979年のBS5750の中に採り入れられた教育訓練に関する規定であると言われる。この規定は、BS5750を基礎として作成されたといわれるISO9001の1987年初版では、検証活動への『訓練された人員』の割当てが必要とする規定として引き継がれた。94年版では『訓練された要員』を品質マネジメントのすべての業務に割当てなければならないとなり、この指針規格(138c)では、自分の業務が組織全体の業績にどのように繋がるかを認識させることが要員のやる気の根本であるとして、要員をして職務を『認識』させることの必要を説いている。これが、00年版では規格要求事項となり、指針規格(131b)では、要員を組織の基本要素と位置づけ、要員を組織の目標達成に全面的に参画させることによって、その能力を引出して組織の業績向上に資さしめることができると説くに至った。
 
(2) 日本的経営
 経済発展に向けて実践と結果を重視して突き進む風潮の中で、日本的経営も明確な定義をしないままで来た。このため、日本国内でも日本的経営が何かについても様々に受けとめ方がある。最も典型的なのは、終身雇用制度、年功制、企業別労働組合をその特徴とする説であるが、企業内異動と内部昇進制、合意による意思決定を加える説(54)、更に、企業内教育訓練制度などの雇用慣行を指摘する向きもある。 一方、これらは日本的経営の本質ではなく、それを支える要素としての形態に過ぎないとする議論(66a)がある。例えば、日経連はその報告書(67)の中で「日本的経営の特質は、それらの形態の根本にある人間中心(尊重)の経営と長期的視野に立った経営という理念にある」と主張している。また、1989年のMITのメイド・イン・アメリカ報告書の指摘(35)の米国経営の問題点の中に、短期的視野の経営、人的資源の軽視、労使協調体制の欠如が含まれているのは、米欧日の企業を実地調査した人々が見抜いた日本的経営の特質を逆の形で表現しているものであろう。
 
 この人間尊重ということに関連しては、「技術や制度と人間労働との接点におけるノウハウ」という「ヒューマン・ウェア」であると表現される(68)一方、労働運動の立場からは「強制と誘導で巧みに労働者を陰陽の競争にかりたてて、自発的な働き過ぎとも見える搾取強化に労働者を誘い込むしくみを内蔵した、しばしば集団主義により全員参加の外観をとった、きわめて柔軟な経営体系である(66b)」と定義されたりする。そして、その源流を米国で1950〜1960年代に登場した経営管理学説「人間資源論(Human resource theory)」(54)とその経営管理技法である「人間関係管理(Human relations)」に求める説(69)がある。この考えによると日本的経営の主要な要素である人間重視も、米国生まれの日本育ちということになる。
 
(3) 人間尊重の経営
 人間尊重の経営においては、人々の持つ能力とそれを仕事に発揮しようとする意欲ややり遂げなければならないとするやる気と職責意識に期待する。とりわけ生産現場の人々にも、能力開発とやる気の醸成と共に、細分化され単純化された作業の忠実な実行者という伝統的な役割から脱してその役割を高め、拡げ、品質をはじめとする現場の様々な業績の改善に人々を寄与させようとする。品質保証の要の検査を生産現場部門に委ねる"自主検査"や、試験員への試験結果判定権限の委譲、操業員による設備の日常的"自主点検"の実施、或いは、日常の製品品質の管理における操業員からの情報の採用と判断権限の委譲などが典型的事例である。さらに、業務と離れたQCサークル活動などの改善活動、改善提案制度、新設備の導入に際する操業員の必要に係わる知恵や意見の取り入れ、作業手順の確立への操業員の意見の取り入れ等々、生産現場で働く人々を企業業績の向上に参画させる様々な試みが、各企業で実践され、"ものづくりのマネジメント"の手法となった。
 
 要員が単に定められた手はずに従って業務を行うのではなく、やる気と責任感を持って業務を行うことによって、要員はその持てる力のすべてをその職務遂行のために発揮することとなる。要員がその持てる力のすべてを業務の効果的実行と組織の経営目標の達成、ないし、組織の業績改善に発揮することは、組織にとって大きな利益である。同時に、要員はその業務の効果的な実行を通じてその能力を発揮でき、その中で人間の本質である進歩や改善の意欲を満たすことができる。さらに、職場や組織の経営目標の達成、ないし、業績の改善に直接貢献していることを実感する。これを認める職場運営や組織の人事制度や施策によって、要員の自己実現欲求や承認欲求が満たされ、仕事のやりがい或いは生きがいという人間としてかけがえのない満足感を得る。これが更にやる気と勤労意欲を高め、責任意識を強め、仕事への満足感を深め、組織への信頼感を高め、帰属意識を深め、組織の発展や業績への忠誠心を強めることになる。 
 
(4) 人間尊重の経営の実際の効用(米国の事例)
 日本製品の品質の背景に人間尊重の経営のあることを米国人が公に認め出したのは1980年の初めの頃である。例えば、自動車を巡る日米貿易摩擦が終息に向かう直前の時期の1983年の米国有力紙の特集記事(70)では、「日本車の品質は25万人の自動車労働者の解雇や22%の販売シェアを掴み取るまでに優秀か」という刺激的書出しに続けて「車に乗る人には答えは明確にイエスであり、それはデトロイト(筆者註:ビッグスリー幹部)も知っている」とほとんど タブー であった事実を認めた上で、「日本人は我々と違った方法で車を造っているのではない。彼らは我々より優れたマネジメント によって我々を叩きのめしたのだ」との自動車会社を支援してきたコンサルティング会社首脳の見解で締めくくられている。
 
 日本では著名だが、米国では統計的解析法の専門家として知られる程度だった デミング氏は、日本製品の優れた品質の生みの親として1980年代に母国で脚光を浴びた。同氏が1981年に要請を受けて 品質競争力を失ったフォード自動車の再生に関して提起したのは品質管理手法ではなく マネジメントの変革の必要であり、従業員のやる気から労使の民主的な協調まで人間関係の重要性を説いて経営者や管理者を驚かせた(60)。この後、デミング氏は主催するセミナーで、米国企業が競争力をつけるための「マネジメントの14原則」を亡くなる直前までの10数年間、20万人もの人に説いた。この「14原則」を同氏の側に永年あった吉田耕作氏は、同氏の日本での体験に基づく「品質管理の技術が真に効果を発揮するには安定雇用や人的資源を最重要資源と見做す日本の企業文化が不可欠」という認識を基礎としていると述べている(61)。
 
 1985年の産業競争力に関する大統領評議会の報告であるヤング・レポートでは、競争力強化のための4項目の提言を行っているが、そのひとつに人的資源開発の必要を取り上げ、労働者の技能、順応性、意欲の向上の必要を挙げている(63)。上記(1)のようにMITの産業生産性調査委員会の報告書「メイド・イン・アメリカ―アメリカ再生のための日米欧産業比較」でも米国産業界に巣食う病として人的資源の軽視が挙げられている(35)。
 
 1987年に制定された米国経営品質賞の表彰基準は事実上、日本との品質競争に敗れ停滞する米国経済の復活のための企業経営の指針を示すものであるが、ここでも人的資源重視の必要が明確にされている。その趣旨(62)は、優れた経営業績をあげるためには、従業員にやる気をもたせ、潜在能力を開発させ、それを組織の目標に振り向けさせることが必要であり、組織は経営業績の向上と人々の成長を育むような従業員支援風土と業務環境とを構築し維持することが必要であるということである。
 
 日本の人間尊重の"ものづくりのマネジメント"が、確かに日本製品の優れた製品の背景であったことは、1980年代の初め頃から前後して米国に進出した日本企業の現地従業員主体の工場でも日本製並みの優れた品質の製品が造られるという事実によって、誰の目にも明らかになる。この後の1990年代半ばには、米国製造業は製品品質における顕著な改善と共に企業業績を大きく改善し、「米国の復活」とも呼ばれる競争力の回復を果たした。この原因を分析した ヤシノウスキー氏らは、「成功への10の道筋」を「従業員の創造力と活力を引き出す」「顧客を満足させ新市場を発見する」「絶えざる改善をする」の3つの要素に大別して挙げている(59)。「米国競争力を甦らせた"日本研究"」という副題の ヒュージュ氏らの著作「かくして日米製造業は再逆転した」でも、その15の前提条件に従業員の参画に係わる5つの条件を挙げている (58)。さらに、品質管理の専門家と見做されていたデミング氏が、「マネジメントの14原則」として人間尊重の経営を米国内に浸透させたことが米国製造業再生につながったとする ガポール氏の著作「デミングで甦ったアメリカ企業」が発表されている。また、米国再生の筋道を経営管理(マネジメント)の手法にまとめた研修プログラム(65)が開発されたが、その中心は経営目標を明確にし、信頼に基づく職場風土の下で自立した個人の能力の向上を支援し、その活用を図るということであった。
 
 米国ではその後、従業員が企業の成功に貢献しようとする意欲と能力を意味する"engagement"という新語が現れた。また、米国の自動車技術者協会(SAE)事務局長はその体験論の中で、管理者たる者は職場では誰もが「私を重要な人間だと思わせて下さい(Make me feel important)」という看板を胸に掲げているのだ、と考えて部下と対応しなければならないと説いて、承認欲求の重要性を述べている。こうして、人間尊重の経営の考え方は1990年代には米国においても定着したと思われる。
 
 
3. 規格要求事項の真意
 JIS和訳『力量』は「職務能力」の意味#3である。職務能力があるということは、要員がその責任権限(5.5.1項)に係わる業務を定められた手はずに則って実行し、所定の結果を確実に出すことができるということを意味する。『認識』は委ねられた職務つまり責任権限の認識であり、この認識を通じて要員の職責意識が育まれ、更に、やる気に繋がっていく。
 
 品質マネジメントの業務が効果的に実行され、事業の維持発展に必要な狙いの顧客満足を確実に実現させるために、品質マネジメントのすべての業務に対して必要な職務能力を持った要員を常に用意し、間違いなく配置する人的資源マネジメントの手はずを、次のa)〜c)、e)を満たすように整えなければならない。要員の入退職や配置変更に関連して定常的に必要な又は不足することになる職務能力を確実に時宜を得て充足する手はずを整えなければならない。この場合も含めてすべての職務能力充足の責任をそれぞれの要員配置に責任権限を有する各階層の部門の管理者が持つべきことを明確にしておくことが大切である(5.5.1項)。
 
 また、d)の観点から要員の職務の認識を強め、それを通じて要員の職責意識の涵養を図らなければならない。これら手はずに則って品質マネジメントのすべての業務が必要な職務能力と認識を持った要員によって実行されることを確実にしなければならない。
 
(1) 組織は、次の事項を実施しなければならない。
 a)〜c)及びe)項は要員充足と配置の管理に関する要件である。d)項は要員の職務の認識の向上に関する要件である。
 
(2) 製品要求事項への適合に影響がある仕事に従事する要員に必要な力量を明確にする。 [a)項]
@ 製品要求事項への適合に影響がある仕事に従事する要員
 この対象要員の範囲に関する記述と趣旨は6.2.1項と同じであり、共に94年版、00年版、08年版と表現が変わってきたが、趣旨は94年版から全く変わっていない。いずれの表現でも品質マネジメントに関係する業務を行うすべての要員のことを指している。
 
A 要員に必要な力量を明確にする
 『力量』は職務能力の意味#3であり、『明確にする』は"determine"であり、あいまいなことを紙に書いて明確にするという意味ではなく、「特定する」である$6。さらに、『要員』の原文は、"personnel"という単数形を持たない集合名詞であり、「一緒に働く一群の人々(102)」「組織又は軍隊で働く人々(101)」を意味し、ひとりひとりの要員を指すのではない。すなわち、JIS和訳『要員に必要な力量を明確にする』とは「組織に必要な職務能力を特定する」の意味である。
 
 事業維持発展に必要な顧客満足を追求する品質マネジメントにどのような業務が必要で、どのような相互関係で実行しなければならないかを決め(4.1 a)、b)項)、その実行のための手順を決め、設備を用意し、要員の配置を決めた(5.4.2項)組織では、その狙い実現するよう各業務が効果的に行われるためには、各要員がそれぞれの業務に対する職務能力を持っていなければならない。職務能力を持っているとは、要員が委ねられた業務を定められた手はずに則って実行し、所定の結果を確実に出すことができ、その職責 (5.5.1項)を果たすことができるという意味である。従って、必要な職務能力が何かというのは、要員を充足しなければならない業務は何かということである。職務能力とは実務的には特定の要員に委ねるひとまとまりの作業たる業務名、職場名、工程名、職種名、職務名などを頭に冠した○○の職務能力というように表わされる。ある要員が職務能力があるかどうかは、学歴、組織が行う教育訓練、特定の専門性及び業務経験のいずれかにによって判断すればよい(6.2.1項)。
 
 この「必要な職務能力を特定する」は、94年版(4.18)では『要員に対する教育・訓練のニーズを明確にする』に相当する規定である。94年版までは規格の教育訓練の意義が明らかでなかったが、00年版で本項の「必要な職務能力を特定する」に引き続く次のb)項で「これら必要を満たす教育訓練を行う」と規定されることになり、教育訓練が職務能力醸成のためのひとつの手段であるとする規格の論理が明確になった。このことにより、94年版(4.18)の『教育・訓練のニーズ』が00年版で「職務能力のニーズ」の意味の「必要な職務能力」へと記述が変わった。従って「必要な職務能力を特定する」とは「職務能力のニーズを特定する」という意味であり、職務能力が不足し又は充足の必要があるかどうかということである。
 
 これは、組織内で実行すべき業務のすべてに、それぞれの職務能力を持った要員を、必要な人数だけ確保できるかどうかという観点と、組織や特定の部門、業務の実行と結果の出来ばえに問題があり、特定専門能力の改善など職務能力の強化や向上が必要かどうかという観点とがある。
 
 前者の観点の職務能力のニーズに関しては、特定の事業分野や製品に係わる業務量の変化によって、それら業務の職務能力(要員数)の必要が増減し、また、要員の退職や職場異動によって部門や職場から該当する職務能力が消失することにより発生する。新規分野への進出、新規注文、新商品の投入、新技術、新設備の導入によっては新しい種類の職務能力のニーズが生まれる。更に、業務実行や製品に生じた問題や異常に対する再発防止処置(8.5.2項)、未然防止処置(8.5.3項)として手順を変更し、設備を更新する場合にも、改善された業務方法に則ってより良い所定の結果を出すための新しい職務能力のニーズが生じる。
 
 後者の観点の職務能力のニーズに関しては、必要な事業維持発展のために、狙いの顧客満足のより確実な実現、或いは、より高度な顧客満足の追求が必要と判断される場合、或いは、日常業務における異常や不良の減少など業務実行をより効果的なものとする必要があると判断される場合、更に、将来の事業環境変化への対応策、或いは、経営課題への戦略的対応のために、職務能力に新しい要素の付加、或いは、職務能力の底上げの必要が生じる。例えば、英会話能力、品質管理知識、監査や設備取扱いや各種専門技術の能力などを有する要員が必要である。
 
 組織は、組織内に必要な職務能力をいつの時点、どのような情勢にあっても、維持できていなければならない(132e)。そして、日々の業務をそれぞれの職務能力を有する要員が行うことができるよう要員を配置しなければならない。このために組織は、将来も見据えて品質マネジメントの実行のためにどのような職務能力が必要か、必要になるか、又は不足しているか、不足することになるかを常に把握しておき、時宜を得て必要な職務能力を充足しなければならない。また、トップマネジメント は マネジメントレビュー (5.6.3 c)項)において、戦略的観点からの職務能力の必要又は不足を判断しなければならない。
  
(3) 該当する場合には、その必要な力量に到達することができるように教育・訓練を行うか、又は他の処置をとる。 [b)項]
 『教育・訓練』の原文は"training"であるから、6.2.1項と本e)項の『訓練』のことであり、職業上の訓練のことで、一般には組織内で行われる教育訓練を指す。『該当する場合には』は"where applicable"であり、規格の文脈では「可能ならば」である$44-1。挿入されたJIS独自の訳注が示唆しているようにJISは条文の意図を誤って解釈し、それに沿うように恣意的に和訳している。原文を素直に和訳すると、「可能なら必要な職務能力を取得するよう教育訓練を行うか、又は、その他の処置をとる」である。これは00年版の「これらのニーズを満たすよう教育訓練を行うか、又は、その他の処置をとる」を直接的な表現に変えられただけで趣旨は変わっていない。
 
 08年版で追加された「可能ならば」は、実際問題として職務能力というものが組織が必要と判断すれば常にすぐに手に入れることができるというものではないので、この現実を示唆した挿入句であると受け止めるのがよいと思われる。これに続く(必要な力量が不足している場合には)はJIS独自の註釈であるからここは無視してよい。
 
 組織は、必要な又は不足する職務能力を時宜を得て充足しなければならない。充足の方法としては、要員に適切な教育訓練を実施して、必要な職務能力を習得させることが基本である。要員を新規に採用し、又は、他の職場から移動させた場合、又は、既存の要員の多能工化を図る場合は、新しい職務能力を持たせる教育訓練を履修させる。職務能力があるかどうかは、学歴、組織内教育訓練歴、専門能力、職歴で評価できる(6.2.1項)という考え方からすると、条文の教育訓練には、特定の職務能力を要員に習得させるために外部の機関や組織に派遣して必要な学歴、専門能力、職歴を取得させることも含む。
 
 必要な職務能力を充足するために要員を教育訓練するよりも、必要な職務能力を持った外部人材を採用する方が効果的な場合がある。とりわけ、職務能力の必要が期間限定的である場合や、毎日必要とするのでない場合は、外部専門家を一時的に導入するのが効率的で効果的であることがある。さらに、組織の専門性とかけ離れた専門的な職務能力を必要とする業務の実行の場合は、その業務をその必要な職務能力を有する外部組織に委託する(7.4項)こともある。
 
 「可能ならば」に関連してであるが、特定の業務結果を出すために必要な職務能力を充足できない場合には、職務能力の欠如に起因して生じる問題を解決する他の方法を見つけなければならない。例えば、業務実行の機械化、操作の自動化、電算機システムの導入、或いは、手順の変更や要員数の増加による職務軽減などがある。
 
(4) 教育・訓練又は他の処置の有効性を評価する。 [c)項]
 本項は上記(2)(3)と合わせて構成する職務能力充足のプロセスアプローチ/PDCAサイクルの管理/Cに相当する。この意図を表すのに08年版DISでは「必要な職務能力が得られたことを確実にする」となっていたが、FDIS版で00年版と同じ記述になった。条文の原文は"evaluate the effectiveness of the action taken"であるから、「とった処置の有効性を評価する」と簡潔明快である。JIS和訳は原文を逸脱しており、教育訓練の効果の評価という誤解を招く誤った日本文である。条文の意図は、教育訓練などのとった処置が、当該の職務能力充足という観点で有効であったかどうかを評価することである。
 
 上記(2)のように職務能力の充足を図る必要性は多様である。組織は、不足する職務能力を充足するために教育訓練などの処置をとったなら、その処置の結果で狙った通りの職務能力が充足されたかどうかを評価しなければならない。組織が新設備導入など新しい職務能力を取得する必要がある場合や、日常業務の異常低減を図るために職務能力を高度化する必要がある場合は、教育訓練などとった処置によって新設備導入が円滑に進められる、異常低減が実現するかどうかの観点での評価になる。この評価は職務能力の不足が引き起こす問題の大きさに応じた程度でよい。トップマネジメントは、職務能力充足の実績に関して、マネジメントレビュー で包括的に、また、戦略上重要な職務能力の充足については個別に、それぞれ評価しなければならない。
 
 上記の08年版DIS記述は、この評価が必要な職務能力を間違いなく充足することを目的にしたものであることを示している。問題解決になっていなかったなら、問題の原因としての職務能力の特定が間違っていたか、とった処置が必要な職務能力を充足する処置として適当でなかったかである。組織は改めて問題の原因と必要な職務能力の特定又はその充足の処置を決めて、実施しなければならない。
 
(5) 組織の要員が、自らの活動のもつ意味及び重要性を認識し、品質目標の達成に向けて自らがどのように貢献できるかを認識することを確実にする。 [d)項]
 この条文の原文は「自らの活動と組織の品質目標達成との関連性及び重要性、並びに、それにどのように寄与するかを認識する」と解釈する(42)のが、規格の意図に適う。
 
 規格では、『品質目標』は品質マネジメントの各業務の狙いの結果のことを指し(5.4.2 a)項)、品質マネジメント全体の業務結果である顧客満足に係わる業績の狙いも『品質目標』である。更に、品質マネジメントの業務と結果を部門や階層で括って管理する場合には、それの部門、階層の業務の総合的結果も『品質目標』である(5.4.1項)。条文の『品質目標』は、要員の個々の業務実行の結果としての組織の業績、つまり、実現すべき顧客満足のことを指していると考えるのがよい。
 
 すなわち条文は、自分の仕事が組織全体の業績にどのように関係しているかを認識すること、つまり、職責を認識することの必要を規定している。ISO14001では『認識』の原文は"awareness"を『自覚』と和訳しているが、その実体を具体的に規定している。この表現に倣うと『認識』とは、a)品質方針と手順など決められたことに従って業務を行うことの重要性、b) 自分の業務に関係のある重要な品質、発生している又は発生の可能性のある品質不良や苦情、並びに、各人の業務能力改善による顧客満足実現への寄与、c)狙いの顧客満足実現に対する各人の役割と責任、d)定められた手順を逸脱した際に予想される結果、を認識することである。
 
 品質マネジメントの各業務が真に効果的に実行され、狙いの顧客満足が確実に実現し、或いは、顧客の著しい不興、不信を招くような製品不良や不祥事を絶対に起こさないためには、要員は定められた手順に則って業務を行う職務能力をもっているだけでは十分ではない。要員が自身の職責を認識し、組織の狙いの顧客満足の実現を自分の事と考え、その確実な実現に責任感とやる気をもって業務に取り組むことが必要である。これによって、所定の業務実行の手順と結果を逸脱することを最小化し、手順が想定していない事態や状況に遭遇しても、狙いの顧客満足の実現に向けて適切な判断や行動をとることになる。
 
 例えば、どのような業務でも要員の強い職責意識なしには誤認や誤作業をなくすることはできない。また、例えば生産現場では、いつもと色合いが違う、伝票の寸法と実物の寸法と違う気がする、聞き慣れない音がするというような異常に気付いて異材の出荷を防ぎ、大きな設備事故を防止できたという実例は少なくない。他方、報道される不祥事や事故も、『認識』を持った要員なら防止できたと考えられるものがある。店舗やタクシー内の高額金品の忘れ物がきちっと外国人観光客である持ち主に戻り、感激させたというような話も個人の倫理感に裏打ちされた職業人として『認識』の産物である。
 
 組織は、人々がその職責を認識し、委ねられた業務をやる気をもって真に効果的に行い、組織の業績に負っている責任を進んで果たすというような職場風土の確立と維持に努めなければならない。このために要員への働きかけを各階層の部門の管理者の職務として明確に規定することが必要である。
 
(6) 教育、訓練、技能及び経験について該当する記録を維持する [e)項]
 条文の原文は「〜の適当な記録」である。ある業務の実行に必要な職務能力がどのようなものか、要員がその職務能力を持つかどうかは、要員の学歴、組織内教育訓練歴、専門能力、職歴によって表し、また、判断できる(6.2.1項)。「〜の適当な記録」というのは、要員にある業務を割り当ててよいかどうかを判断するのに、或いは、何が不足しているか、何を補う必要があるのかを判断するのに適当な記録という意味である。この記録はまた、要員が特定の職務能力をもつことを何で判断したかを示し、適切に判断したことの証拠となる。業務実行の中で要員の職務能力の不足が疑われる場合、この記録から業務能力の判断の基準に問題がないか検討し、職務能力充足の処置の在り方の改善を図る。
 
 組織は、人的資源マネジメントの手はずの中に、要員への業務割り当てや職場配置の管理のために、職務能力を判断するのに必要な、学歴、組織内教育訓練歴、専門能力、職歴の記録を維持することを含め、手はずに則って記録を作成し、管理しなければならない(4.2.4項)。
 
 実務では一般に学歴、組織内教育訓練歴、専門能力、職歴という4種の記録は、本来それぞれの目的で作成され、管理されるものである。職務能力判断のためにこれら記録を一括したり、また、整理し直すことは規格の意図ではない。
 
 
4. 人的資源マネジメントの実務
 規格では品質マネジメントに関係する要員の職務能力と職務の認識を規定しているが、実務の人事管理では当然のことながら、他のマネジメントの観点や必要も含めて委ねる業務の全体を行う能力としての職務能力と認識を管理する。ひとつの業務は一般に多くの目的、観点で行われているから、そのすべての必要を満たすように業務は行われなければならない。業務実行の手はずもそれを規定する文書も、当該業務のすべての必要に対応した包括的なものとなっている。ある業務の職務能力を身につけるためには、当該業務のすべての観点の必要を満たすように包括的に定められた手順を習得することが必要である。
 
(1) 要員の充足
 必要な職務能力を持った要員を必要な人数だけ組織に維持するための管理は一般に、事業計画と人事異動と見込まれる要員の退職、及び、要員の職場移動を勘案した採用計画が基本となる。この採用計画には必要により新規事業や新規設備の計画、或いは、組織内の分野間の業務量の変化に伴う要員の必要が反映され、定期的に更新される。新卒定期採用を基本とする組織では、不足する要員数と必要な職務能力を充足するのに適切な学歴など採用予定者の要件を決め、募集活動を行う。
 
 採用計画が必ずしも明瞭でない、特に小規模組織では、見込まれる要員の過不足を随時又は定期的に判断し、集約する責任と場を定めた手順が明確になっていなければならない。これにより、採用の必要と採用予定者の要件を決め、募集し、採用する。
 
(2) 要員の配置管理
 業務を職務能力のある要員に委ねることを確実にする管理のためには、ひとりの、或いは、あるグループの要員に委ねる業務の範囲をひとつの単位にして、部門や職場の業務を分割し、これを職務として要員に与えるのが効果的である。例えば、部品加工の職場の業務は素材管理、払い出し、粗加工、接合、仕上げ加工、検査に分け、レストランでは受付け、給仕、清算、調理、食器整理、清掃に分け、営業部門では地域別や重要性で顧客を類別し区分し、小規模組織の事務部門の業務は出納、資材、給与、社会保険の各関係業務に分ける。
 
 これら分割された単位業務範囲は、それぞれに係わる作業名、機能名や職場名で表わされる。各要員の職務は、それら作業名、機能名、職場名で表され、各要員の持つ職務能力は、それら職務のどれとどれを担当できるかで表現できる。各要員の組織内の業務経験も、この業務範囲を単位として把握する。例えば、ある要員は素材管理の職務能力、別の要員は素材管理と払い出しと粗加工の職務能力を持っており、また別の要員は粗加工に5年の業務経験があるが、今は別の部門に移っている。
 
 新規採用者には各部門や職場の分割された単位業務範囲の内で最もやさしいものを割り当てるのが、訓練期間が短くて済み、誤った作業をしたり、技量未熟による出来ばえ不良の業務結果を出す可能性も小さい。この業務を一定期間経験して習熟、熟達した場合は、次のより難しい単位業務範囲のための技能教育やOJT訓練を行い、また、必要な資格や免許を取得させて、これへの職務能力を持たせる。これは要員の多能工化とも呼ばれ、要員の能力開発と意欲向上の手段として大切である。また、単位業務範囲の職務能力を複数の要員が持つことにより、要員の日々の欠務や他職場への異動、退職にも耐える職場となる。
 
(3) 教育訓練
@ 導入教育
 新規採用者や職場移動者に対しては、組織又は職場に関する導入教育を行う。前者は組織の事業内容や経営方針、及び、勤務に係わる規則や制度、一般遵守事項の説明であり、後者は当該分野や職場と業務の内容と役割、作業指示や報告、情報連絡の手順、安全など職場での基本的遵守事項の説明である。
 
 導入教育の中に組織の業務の基本となる職種別の専門的技能の習得のための一定期間の集合教育を行う組織も少なくない。導入教育の範囲や時間は、正職員か有期職員かの別や委ねる職種の特質に応じて予め定めておき、必要な事項が確実に伝達されるようにするのがよい。導入教育には、法に規定される例えば次を含めるとよい。
労働基準法(15条)により雇い入れに際して明示することが必要とされる事項の明示。
男女雇用機会均等法(11条)で必要とされるセクシャルハラスメント防止措置についての説明。
 
A 職務教育
 新規採用者には、その学歴、職歴と特定の専門性を基礎として不足すると考えられる職務能力を教育訓練で補ってから、一人前の要員として業務を委ねなければならない。また、要員の休退職、人事異動、昇進等による、職場の職務能力の考えられる変化を見込んだ、各要員のもつ職務能力の範囲の拡大のための教育訓練を計画的に行うことが大切である。職務能力の不足が原因と考えられる誤作業や業務結果の異常を頻発させる要員には、改めて教育訓練を行うことが必要である。
 
 職務教育は、当該要員の持つ業務実行に係わる能力と委ねる業務の正確に応じた形式、内容、期間で行われる。委ねる業務に公的資格や免許、講習受講が必要な場合は、これを職務教育の中に織り込む。また、労働安全衛生法(59条)により雇い入れ、作業内容変更に際して必要とされる安全衛生教育や、同法(60条)により必要とされる職長教育を含めるとよい。
 
 特定の業務の実行の職務能力を組織独自の資格の付与で明確にすることがあれば、その資格付与の要件を明確にし、必要な教育訓練を行う。職務能力を維持していることを確実にするために必要なら、資格更新の条件を明確にし、必要な定期的教育訓練を行う。
 
 特定の業務の実行に必要な職務能力を、要員を外部機関に派遣して習得させることがある。例えば、特定の業務実行に法で規定される免許、資格の取得や研修の受講を目的とするものである。また、新規事業や新規設備の導入に伴う、設備メーカーや同業組織で要員に業務実習を行わせることもある。
 
 特に新規採用者には職場の中で職務能力の習得の教育訓練が最も短時間で済むような業務を委ね、経験を重ねるに伴い、高度な職務能力を必要とする業務に就かせるような配置変更が、要員活用の効率と要員のやる気の醸成の点で適切である。
 
B 能力開発教育
 少なからぬ組織が業務の出来ばえを高め、業務実行に係わる能力を育む業務関連知識、技能、専門性に関する教育訓練を行い、人々の自己研鑽を支援し、外部の教育、研究機関への研修派遣を行うなどの能力開発制度をもっている。また、QCサークル活動などの改善活動、安全活動の制度や、提案制度をもつ組織も多い。さらに、これらの活動の延長としての組織の外での大会や発表会、関連する外部講習会への要員の派遣を行うなどを通じて、要員の能力開発を支援する。
 
C 意識高揚教育
 組織の置かれた状況の中で緊急に対応が必要と考えられる特定の重要な問題に対する理解や意識の向上を必要とする場合には、関係する要員を対象とした意識高揚教育が行われる。例えば、世間や業界で焦眉の課題となった法遵守や環境保全などの問題に対して組織が確立した対応策に関する説明会、研修会などの形での意識高揚教育が行われる。また、苦情の多発や設備事故や労働災害の発生を止める緊要な必要が認められる場合には、組織全体又は関係分野や職場では職場検討会、職場集会などで問題への意識高揚が図られる。
 
 
 
H24.10.2
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サニーヒルズ コンサルタント事務所