ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
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46   プール事故死対応に見られる規格観の日米差異  <62-01-46>
1. 日本のプールの安全基準
   7月31日、埼玉県ふじみ野市の市営プールで起きた小学生の事故死は全国の様々なプールで安全対策に問題のあることを浮かび上がらせた。新聞報道(1)によると、業界にはプール安全に関する共通の基準は存在せず、安全を行政に頼ってきた。それも文部科学省が学校プールの整備指針、国土交通省が公園内のプールの技術基準をそれぞれ別々に定めており、厚生労働省もプール安全対策の通達を出すなど、縦割り行政の典型の対応である。批判を受けたのであろう、吸い込み事故防止策を協議する政府の関係省庁連絡会議が8月30日に開かれ、民間を含めたすべてのプールについて安全対策の統一的な指針を今年中にまとめ、全設置者に通知するという決定があった(2)。 この指針は安全管理上守るべき点を示すが法的拘束力はないというから、JISCの関係用語集によると”任意規格”である。 これを官が作成するということであるから、相変わらずの官頼みの安全対策である。
 
2. 米国のプールの安全基準
(1) プール安全規格
   インタネットで調べると、規格大国の米国では米国温浴槽及びプール協会*(NSPI又はAPSP)が、公共及び個人の温浴槽とプール、温水プールに関して7種類の規格を作成し、米国国家規格協会*(ANSI)から米国国家規格*(ANS規格)として発行されている(3)。同協会の活動目的として「プールの設計、維持、運営における健康、安全と公共の福祉に関連する可能な限り高度な標準を確立すること」が謳われている(4)から、米国ではこの任意規格が安全確保の統一的な施策や基準として機能してきたものと思われる。
 
(2) プール安全の法制化
   米国では折しも上下院両院でプールの安全を図る別々の法案が審議されている(5)。 上院の場合は「プール及び温浴槽安全法*」であり、 法制定の背景は不明だが、上院の法案は連邦政府の消費者製品安全委員会*(CPSC)が安全基準(safety standard)を定め、これを州政府が適用するのに補助金を支給するというものである。そして法案はCPSCが独自に基準*(standard)を制定してもよいし、既存の規格*(standard)を適用してもよいと定めている。米国では1995年の国家技術転移及び技術振興法(NTTAA)*により、連邦政府各機関は民間が関係者の合意を基礎として自発的に作成する規格(voluntary consensus standards)を活用することを奨励されている(6)から、これに基づく処置であろう。
 
(3) 民間の対応
   この法案に対してAPSPは7/24、この法制化に協力する旨の声明(5)を発表している。この中では、新しい法制の下でも安全基準としてAPSPの規格を基礎とすべきであり、民間の智恵と柔軟な対応力を活用して初めて効果的にプール安全が確保できるとの主張を展開している。例えば、「安全基準(safety standard)について法案には『CPSCは現在の国家規格又はその改訂を考慮しなければならない』と明記されている。プールと温浴槽のANS規格は法案の『適用可能な国家規格を採用する』という規定を満たしている」、「製品の安全に関するアイデアは常に生み出されるものである。従って何か特定の装置や方法を強制することには、誤った安全確保意識を生み出し、又、新しいより良い方法が出来たのに旧来の方法に頼るという危険が伴う」、「APSPは、我が産業界が何十年も守り育ててきた安全規格を州政府が適用することに補助金を支給するという法案を喜ばしく思う」などである。
 
3. 米国の規格事情
   ANSIによると(6)、米国には規格作成を事業範囲とする組織は1996年時点で約700あり、93,000の規格が存在し、この内連邦政府作成の規格が44,000、民間規格が49,000であった。2003年末のANSI認定の規格作成機関は約200、この内約半数が特定規格作成のための共同作業組織である。2003年末の米国国家規格*(ANS)は約10,000である。ANSIの承認した米国国家規格*(ANS)はすべてNTTAAが規定する条件を満たしているから、いつでも政府に採用されて規制の基準又は指導の指針となり得る。
   
   8/14には米国デル社がソニー製リチウム電池過熱事故に伴う大規模のリコールを発表(7)したが、ANSI傘下の規格作成機関、電子産業連帯協会*(IPC)は8/25、いち早くリチウム電池の安全規格の作成に着手する旨の声明を発表した。社会が官による規制ではなく民間の自主性で維持されている事実を示すもうひとつの実例であり、ここでも”任意規格”が中心に存在する。 日本でも電池大手の加盟する電池工業会、電子情報技術産業協会が再発防止に向け統一の安全基準をつくることで合意したと9/4に報じられた(8)が、米国の動向への対抗か、又は、官の規制の及ばない海外の事故への対応であるためのやむを得ない”自主性”であるように思われる。
   
4. ISO9001と審査登録制度
  米国における規格の制定と利用は、民間の自主性と旺盛な活力及び官に対する独立性、また、民間の自律的進歩を促し活用する官の政策の象徴である。 ISO9001と審査登録制度も、このような欧米の規格観と官民風土の下に成立した国際貿易の促進を図る民間の取組みであり、取引の拡大という組織の利益が目的である。
   
  然るに日本では、通産省の審議会たる日本工業標準調査会(JISC)が民間機関たるISOの加盟メンバーであり、その設置した”管理システム規格適合性評価専門委員会”がISO9001審査登録制度の実態を「負のスパイラル」(10)と断じて対策を提言するなど制度運営を管理している。その選出になる規格作成関係者を中心とする業界指導層も制度を「社会制度」であるとして規格をして組織を管理、規制する手段と化し、「産業経済発展のための民間分野の適合性評価」を謳い民の利益を擁護する組織である日本適合性認定協会(JAB)もこの考えを受け入れる。永年の規制緩和の政治課題の進捗が遅々とするのは、官の抵抗より民の官頼みの意識に原因があるのではないだろうか。
 
 
引用文献( *印及び英語文献は筆者の和訳)
(1) 東京新聞ウェブ版(8/2特報)サイト
(2) 日経新聞 8/30夕刊
(3) ANSI Webstore, NSPI監修による規格、http://www.website.ansi.org/
(4) NSPI, About us, http://www.nspi.co.za/
(5) APSP, What’s New, APSP Announces Support for Pool and Spa Safety Legislation, July 24, 2006, 
           http://www.nspi.org/Home/
(6) ANSI, Domestic Programs Overview, http://www.ansi.org
(7) 日経新聞 8/17
(8) 日経新聞 9/4
(9) 日本工業標準調査、管理システム規格適合性評価専門委員会報告書 H15.4.25
H18.9.9 
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サニーヒルズ コンサルタント事務所