ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
81       ISO50001で『要求事項』は『要件』に変わるか? 
            −社会に役立つために必須の条件-
 <62-01-81>
  新しいISO規格、ISO50001(エネルギー マネジメントシステム)への関係者の関心が高まっている。規格作成作業は現在、委員会原案(CD)の段階であるが、昨年8月には日本の対応組織の中心の(財)エネルギー総合工学研究所が主催するシンポジウムが開かれ、雑誌アイソスも11月号に特集記事を掲載している。このアイソス誌記事には注目すべき同規格の条文の一部分の引用がある。すなわち、4.1項の仮訳和文「エネルギーパフォーマンス及びエネルギーマネジメントシステムの継続的改善のために、『この規格の要件』にどのように適合するかを決定し、文書化しなければならない」である*1。
 
  この『規格の要件』は、原文が“requirements of the Standard”であるが、JISQ9001/14001はじめ既存のJIS マネジメント システム規格では『規格の要求事項』と和訳されている。JIS和訳版が『要件』の意味である“requirement”を『要求事項』と和訳することにより、規格の条文が『規格の要求』を表すものという解釈が日本では幅を利かせている。規格には組織に何かを『要求』する人格はないから自然と、規格作成者の意図としての『要求』であるかの誤解が、規格作成参画者の意識にも、その虎の威を借る審査員にも浸透し、組織も『要求』されることに甘んじている。これが、日本の規格解釈や規格適合性判断、更に、認証制度運営を様々に歪ませ、認証の利益が実感できない、審査員によって見解が異なる、指摘が納得できない、認証取得組織が不祥事を発生させる等々の様々の問題の直接、間接の原因となっている。新しいISO50001がその狙いの通りに組織で使用され、認証制度が活用され、省エネルギーという時代の要請に応えられるものとなるためには、“requirement”が『要件』と和訳されることが不可欠である。
 
  例えば、この雑誌記事は対談形式でISO9001の専門家にISO50001の論評を求める内容であるが、この専門家は上記のISO50001条文と「トップマネジメントは…………、エネルギー マネジメントシステムへのコミットメントと支援及び継続的にその有効性を改善することを示さなければならない」という条文*2を取り上げて、ISO9001の条文*3「品質マネジメントシステムの有効性を継続的に改善しなければならない」と対比させ、ISO50001はISO9001のように「継続的改善そのものを明確には『要求』していません」と断じて。しかし、ISO50001はエネルギーマネジメントシステムの規格であり、規格の序文には規格の目的が「組織がエネルギー効率やエネルギー強度を含むエネルギーパフォーマンスを改善するのに必要なシステムやプロセスを確立すること」であり、「コスト、温室効果ガスの排出量、及び、それ以外の環境への負荷の低減を誘導するもの」であると明記されている。ISO50001の規定は、規格作成者の気儘な組織への『要求』ではなく、組織が省エネルギーを効果的に行なうための必要条件、つまり、『要件』である。人類社会が地球環境の危機に当面する中、組織がエネルギーマネジメントの業務能力とその結果の省エネルギー実績を着実に継続的に改善していくことが組織の存続のために『必要』である。組織がISO50001を導入するのはエネルギー効率を改善するためであり、登録証を取得するのはそれを社会に示すためである。しかし、この専門家によれば規格はエネルギー効率の継続的改善を『要求』していないから、改善しなくても登録証を発行してもらえる。権威者の自分が規格であると言わんばかりの規格解釈が的外れであっても、『要求』だから通用する。
 
  さて、上の引用条文が『要求事項』ではなく『要件』となっているのは、ISO50001規格作成の関係者の意志に基づくものであろうか。ネットで公表されている英文ISO/CD50001を調べると、規格には本文と付属書(利用の手引)を合わせて58種類の表現の“requirement”が記述されている。これを8月のシンポジウム資料の仮訳和文と比較すると、その内の20種類の表現の“requirement”が『要件』と和訳され、31種類が『要求事項』と和訳されており、この他に7種類が『要求』と和訳さていることがわかった。そして、『要件』と『要求事項』のどちらが当てられているかによって本文と付属書を合わせた規格の初めから最後までを5つの部分に区分けできる。2つの部分では、既存のJIS和訳マネジメントシステム規格に倣ったのであろう“requirement”はすべて『要求事項』となっている。他の2つの部分では、標題の『一般要求事項』『法的その他の要求事項』『文書化要求事項』と序文規定の「規格は…..といった『要求事項』を規定する」等、既存のマネジメントシステム規格で用いられてほとんど固有名詞的になっている『要求事項』だけが『要求事項』となり、その他は『この規格の要件』『組織の要件』『パフォーマンスの絶対的な要件』『いくつかの要件』『測定要件』『法的要件』『法的あるいは他の要件』『産業団体の要件』『操作上の要件』『エネルギー方針の要件』『システムの要件』など『要件』である。更にどちらか判別できないもう1つの部分があるから、和訳は2人か3人によって分担されたと推察される。仮和訳文には『要求事項』も使われており、『要件』が用いられているのはひとりの翻訳者による和訳姿勢の賜物であり、ISO50001規格作成関係者の総意ではなさそうである。
 
  次に、今年末に発行されるISO50001のJIS和訳版で『要件』は生き残ることになるのであろうか。アイソス誌記事では今後のISO50001作成作業において、既存のマネジメントシステム規格と認証制度の関係者との関係が深められていくことが示唆されている。協議が行なわれ、用語と解釈の点で調整が行なわれるとすれば、例えISO50001関係者の思いがあったとしても『要件』を実現させるのは簡単ではない。『要求事項』には既存業界関係者の生活がかかっており、『要件』を認める訳にはいかないからである。例えば2008年版で間違いであったことが明確になったのであるがISO9001では、製造業で一連の前工程から後工程へと工程が進む毎に誰が次工程送りを許可したかの記録をとり、保管することが『規格の要求』であった。『要件』であれば、組織の品質保証専門家は「そんなことは製品の品質保証や顧客満足の実現に『必要』がありません」と抗弁することができたが、『要求』だと思うから訳を考えずに意味のない仕事を8年間もやってきた。 ISO50001には省エネルギーに関する専門的な事項が多く含まれている。審査員が「これはこうしなければならない」と言っても、『要件』なら組織のエネルギー専門家は「それは省エネルギーの実行や実現に『必要』ありません」と反論できる。こんなことになったら認証業界の秩序が成り立たない。認証業界で生きる権威者、専門家、審査員、諸機関にとって『規格の要求』は甚だ都合のよい理屈なのである。『要求事項』でなく『要件』となった途端に、認証業界から発せられる浅薄な規格理解や自己中心の恣意的な規格解釈には、組織の専門家からの科学的で合理的な反論の砲弾が浴びせられることになる。これは、とりわけ権威者には悪夢である。
 
  エネルギー使用量の削減は『規格の要求』ではないというご託前は、組織に省ネエルギー実行の振りをすることを求めているのに他ならない。認証制度ではこのような組織に登録証が発行される。組織は、規格のエネルギーマネジメントシステムという名の下にエネルギー管理の実務とは関係のない形式的ないわゆる二重帳簿の業務の塊に耐えることとなる。認証取得組織が増加しても、国の規模でエネルギー使用量は減らず、目に見える温暖化ガス排出量削減にも繋がらない。認証制度は直ぐに社会からそっぽを向かれる。これは既存マネジメントシステム規格と認証制度が歩んできた道である。ISO50001作成関係者が仮訳和文で見出した『要件』という正しい規格解釈を、既存のマネジメントシステム規格関係者との軋轢を排して貫き、正式のJIS規格で用語『要件』を維持できるかどうかは、ISO50001作成関係者がこの国際規格作成に取り組む動機の如何による。 この国際規格を自らの専門性が社会に負っている重要な責任を果たす機会と捉えているなら、正しい規格運用の基礎である正しい和訳『要件』を貫くだろう。省エネルギーが環境族やISO14001に取り込まれてしまっていた状況を覆し、社会の注目を浴び、産業界に権威者として君臨できる機会がやっと手に入りそうだと考えているなら、『要求事項』を選ぶだろう。科学者の良心を見てみたい。
 
*1 4.1項 一般要求事項
*2 4.2.1項 経営層の責任
*3 8.5.1項 継続的改善
H22.1.8 
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