ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
83       ISO9001認証制度の有効性の検討
           −トヨタ自動車の大量リコール問題に関連して−
 <62-01-83>
  欧米向け車のアクセルペダル動作不具合とプリウスのブレーキの効き方不具合に対する大量リコールでトヨタ車への信頼が揺らいでいる。トヨタ自動車はISO9001登録証取得していない。この経営判断は正しい。同社の車が売れるのはその品質実績に裏打ちされたトヨタというブランドへの信頼であり、ISO9001の登録証でトヨタ車の品質は信頼できるという認証機関の保証を得ても顧客が誰一人増えることはないからである。しかし、同社がISO9001を申請したなら間違いなく登録証を受領できる。ISO9001は1980年代の品質で成功した世界、とりわけ同社を含む日本企業の手法を織り込んだ品質保証の最新の論理の体系であるからである。同社もひとつの工場で導入して見て、新たな何もないことを確認して全社的に導入や登録取得を見送る経営判断をした。しかし、規格の有用性を認めていることは、系列の子会社にISO9001の実践と登録取得を要求していることでもわかる。この度の2件の品質事故がISO9001登録取得組織のT社が発生させたという仮定の下に、T社に登録証が発行されたことの是非、つまり、認証制度の登録証というものの信頼性について考察したい。ここに、T社は優れた品質実績で顧客の信頼を確立し成長してきた組織であるから、規格適合の品質マネジメントシステムの手順が確立し効果的に実行され、組織全体に体系的業務実行が定着していると仮定する。
 
  初めに、品質保証についての規格の論理を整理する。一般に1件でも品質不良や苦情を出せば顧客や市場の信頼を失うということではない。T社の自動車も故障し、不具合の苦情が寄せられ、リコールも何度も実施している。信頼とは基本的に競合他組織の製品の品質との相対的なものであり、顧客がどのような場合に二度と買わないと感じるかの問題である。規格の品質マネジメントでは、組織や製品の信頼を揺るがすような品質不良の絶無を図ることが基本である。そして、発生する苦情に顧客本位で対応し、この積み重ねで出してはならない品質不良、つまり、品質事故や品質不祥事を絶無とする品質保証能力を継続的に強化していく。また、現実にはすべての業務が完璧に定められた通りに実行されることはあり得ない。業務には、要員の過誤や技術的不確実さ、予期できない事項が付き物である。従って業務手順は、結果の重要性或いは間違った結果の影響の深刻さに応じて必要な確実さで所定の結果が出るように決められなければならない。ひとつの詳細手順の不履行だけで、品質事故が発生するというような手順は規格適合の品質保証の手順とは言えない。
 
  次に、認証審査で登録証を発行する論理を整理する。認証審査はすべての不適合を検出することはできない。審査は一種の抜取検査であり、不良を見逃す消費者危険に相当する不適合の見落としの危険が付随する。また、審査員には組織の専門家が効果的と判断したことを覆す評価や判断する程の能力はなく、純技術的或いは専門的な観点からの適合性の判断は出来ない。しかし規格の論理では、不適合が偶発的、単発的なものであれば、認証審査が見逃しても個々の品質不具合や苦情に結びつくことはあっても、組織の品質マネジメントの業務が総体として規格に適合している限りは組織を揺るがすような品質事故は発生しない。審査員は、問題のありそうな部門や業務を重点的に抜取り調査し、検出した不適合の状況から、組織全体としての業務の手はずの規格適合性と効果的実行の状況を、品質事故の発生する可能性の観点から評価して登録証発行の可否を判断する。これを、JABも採用しているJISQ17021:2007の認証基準では「意図したアウトプットを達成するマネジメントシステムの能力に重大な疑いを生じさせるような状況」と表現しており、この状況の組織には登録証の維持や更新が否定される。登録証は品質事故発生のないことの保証である。
 
  さて、規格では「規格要求事項に従って品質マネジメントシステム(の手順)を確立し、……(効果的に)実施し、……」と規定して、効果的な手順の確立とその効果的な実行とを効果的な品質保証活動の両輪として位置づけている。T社で、この2件の品質事故に限ってあるべき手順がなかったとか、規格要求事項を満たしていなかったとかは考えにくい。従って、定められた手順のどこかの効果的実行に齟齬があったことが、品質事故の原因であろう。効果的実行とは手順を機械的に、或いは、形式的に履行するのではなく、各要員が必要な考慮や配慮と万全の注意を以て各自の職責を賭けて、手順が意図する結果を出すように業務を行なうことである。この手順不履行には、組織全体として、又は、特定業務、部門の総体的な問題である場合と、個々の手順の中の方法や基準や使用する情報など詳細手順のどれかの散発的、偶発的、単発的な要因による場合とがある。具体的に考えると、品質事故の一方はブレーキの自動車使用環境における耐久性の問題であり、もう一方はブレーキの効き方に係わる顧客の期待との乖離の問題であり、どちらも設計品質の問題である。ISO9001では設計開発(7.3項)に関係し、特に、前者は設計開発の検証、後者は設計開発の妥当性確認に関係する。手順不履行は、これらによって設計開発結果を良しとして承認する手順の実行に関して問題があった可能性が高い。例えば、ペダル耐久性試験やブレーキシステム実機試験の方法や判断が不十分、不適切であった。
 
  手順不履行が、試験のやり方や試験値の記載の誤りなど単発的であれば、審査は見逃した可能性がある。試験法や基準の適用の技術上の誤りがあったとしても審査が検出できた可能性はまずない。しかし、この手順不履行の見落としだけでは、品質事故には繋がらないはずである。2件に関連する設計開発チームの業務に開発期間や予算上の制約などの特殊事情があり、試験の部分省略や判断の甘さなど種々の手順不履行を生んでいたことも考えられる。もし審査員がこの特殊事情を斟酌して審査対象に選べば重要な手順不履行を検出できたであろう。しかし、特殊事情に気付かずに審査対象業務を選んだなら、多数の同時進行中の設計開発業務があれば2件が抜取り審査対象から漏れること十分にあり得る。2件の品質事故がT社の近年の急速な事業拡大による人材不足、或いは、成功体験からの慢心を背景とすることを指摘する報道が少なくないことである。報道は、人手不足や気持ちの弛みによって、組織ぐるみで、又は、特定業務を中心に手順不履行があることを指摘している。認証審査ではこのような状況の兆候を、設計開発業務において承認手続きのない文書、会議議事録の欠落、空欄の目立つ記録などの形式的不適合から検討会の実行省略や参加者不足、供給者の評価と選定記録の抜け、同種苦情の多発の見逃しなどとして検出できる。経営者が4年前のRV車欠陥放置問題の教訓を活かしていないとの経営の慢心と弛緩を非難する報道もある。これなら、マネジメントレビューでの検討事項の抜けや形式的結論、設計開発のトップマネジメントによる最終承認記録のあいまいさ、トップマネジメントへの苦情報告の抜けなどの手順不履行が見つかるかもしれない。審査員は検出した不適合から、この2件と限らず品質事故の発生の可能性を予見しなければならなかった。
 
  この品質事故を取り上げた日本の報道は、品質事故の顧客への影響の深刻さの懸念より、リコール決定に至るT社の対応の遅さに関する批判の方が色濃い。T社自身も当初は、通常のあり得る品質不具合と見做してきたようであり、報道に煽られてリコール決定に追い込まれ、結果的に市場の信頼を揺るがすT社としてあってはならない品質事故になってしまった感もある。今日、政治問題にまで発展しているから、規格適合の苦情対応手順が効果的に実行されなかったということは間違いない。上記の品質保証に関するトップマネジメントの意識と行動の弛緩が事実なら、審査はこの手順不履行を予見できただろう。T社たたきの風潮を読みきれないまま事態が進行したとすれば、そのような手順不履行は登録証の保証範囲を越えたものである。
 
  2件の品質事故がT社の品質マネジメントの想定内の通常の品質不具合と捉えるなら、登録証の保証する品質保証能力内の品質不具合であるから登録証の信頼性を毀損する問題ではない。品質事故と扱われ政治問題にまで発展したことには認証審査の責任はない。2件を本来T社の品質方針に反する異常な品質事故、不祥事と捉えるなら、報道の指摘のように組織や特定部門全体の手順不履行の状況が背景であるなら、認証審査はこれを検出し登録証の維持、更新を控えるべきであった。2件に限った特殊事情による手順不履行が原因だとすれば、認証機関はこれを見落としたことに関する審査の有効性について検証し、登録証一般の信頼性維持のために必要な処置をとるべきである。しかし実際問題として、T社のように確固たる品質マネジメントシステムの下に大量多種の先進製品を世界で製造販売し、品質実績を挙げてきた巨大組織に、この規格と認証制度の論理をそのまま当てはめることには無理がある。業務が膨大で広範囲であり、管理要素も多く高度であり、品質事故が2件と言っても、T社の存亡に係わる事態ではない。2件の原因が効果的な業務実行の綻びであるとして、それが偶発的、特殊事情のため、或いは、業務風土の弛緩のいずれによりもたらされたとしても、T社全体の業務からみると量、質の両面で微々たる綻びであるはずである。これを認証審査で効果的に検出することはほとんど不可能であろう。認証制度と登録証の信頼性の確保のためには、その審査能力に余る巨大先進組織に登録証を発行してはならないということである。元々、規格と認証制度はT社のような世界的巨大先進組織を対象に生み出されたものではないのである。
H22.2.23 
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