ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修
90       中露になめられる日本  ― 「ISO思考停止症」との関係は?  <62-01-90>
   尖閣列島問題で中国に居丈高に開き直られ、北方領土にはロシア大統領が無遠慮に足を踏み入れた。野党もメディアも政府の対応を非難するが、事態は日本の経済力に対する国際的評価を反映したものと受けとめるべきであろう。エリツィン大統領が4島を返還するかもという楽観論は当時のロシア経済が日本の経済援助を必要としていたからであり、日中国交回復に至る政経分離の智恵も日本の経済力への期待のためであった。その日本経済がバブル崩壊後いまだに失われた20年と言われる沈滞の中にある。今や中露両国にとって日本の経済力は必要ではなく、従って国益を露骨に追求できる。日本は舐められているのである。この経済力低下の原因は単純であるはずはなく、実際色々な考え方がある。筆者は6年前に本論評欄*1で管理者の「ISO思考停止症」を嘆いた。しかし、アンケート調査に現れる認証取得に関する経営者の認識からは「ISO思考停止症」が経営者にまで拡がっていることが疑われる。或いは、この「ISO思考停止症」がひとりISO規格認証に留まらず経営全体に拡大し、かつ、日本の経済界に広く蔓延していることが経済沈滞の本当の原因であるのかも知れない。
 
  ISO9001/14001の認証制度に関して、取得組織がその効用に満足していない状況は10年前も今日も同じである。JABの01年以来の毎年の調査*2では、ISO9001について導入の目的に照らして「有効に機能してきたか」の質問に対し、「大いに」が5%程度で、「ある程度」を合わせて50%前後であった。残りは「どちらともいえない」が30%前後で、「あまり」「ほとんど」有効に機能していないのが10%程度ある。08年報告では導入目的の質問が変わった効果か、「大いに」「ある程度」が合わせて77%になった。10年報告ではISO14001と合わせた統計となり、認証取得の効果という質問に変わり、回答の集計も項目別となった。この統計では「大いに」「ある程度」が合わせて40〜80%と、項目によって異なる。いずれのJAB調査でも、普通の製品ならとても売れるものではない顧客満足の水準である。10年報告では両規格とも認証取得の目的に関する複数回答で「参入条件」「取引先の要求」「業界動向を考慮」を選んだ組織がそれぞれ30〜40%ある。他に「パフォーマンスの向上」などの回答もあるが、認証取得の大半は顧客の要求が動機であることが明らかである。
 
  JAB調査からは、費用に見合う効用は認められないが、必要悪として認証取得を継続しているという組織の姿が浮かび上がる。この必要悪の「必要」は、欧州輸出に必須、取引先が要求するであり、なぜ「悪」かというと、手間がかかるのに効用が実感できていないからであり、それは規格が西洋文明で日本には不向き、内容が幼稚で日本のTQCの方が優れている、基本的に日本叩きの西欧の陰謀であるからだと考えられている。最近の三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査報告*3では、このことがより明確である。両規格合わせての「経営に役立ったか」の質問に対する回答は「大変」が30%、「少し」が61%である。ただし、取引先の要求がなければという条件付の質問だが、25%の組織が登録返上、又は、その検討をすると回答している。返上検討の回答の2/3が「少し」という組織から出ていることは、「少し」という回答が「少し役立った」というようなものではない、効用へのもっと強い不満を表す回答であると考えられる。こちらの統計には、もうやめたいという位の必要悪であるというのが組織の本音である。
 
  一方、減少に転じたとはいえ、日本ではなおISO9001が4万件、ISO14001が2万件の認証登録がある。認証登録に関して組織が認証機関に支払う費用を年間100万円とすると、日本全体では600億円である。認証維持のために仕事に手間がかかるという不満を1人分の不要な仕事をしていると乱暴に仮定して人件費に換算すると2400億円である。今日の沈滞した経済状況の中で、かくも巨大な必要悪産業が存在を許され、必要悪の人件費が放置されている。聖域なきリストラを叫び、人の首を切りながら、さらに、効用への強い不満を持ちながらなお、必要悪の実体にメスが入れられた形跡がない。まさか欧州輸出に不可欠とは信じていないであろうが、なぜ認証取得を取引先に要求され、なぜ認証取得が市場に受けるとされるのか、認識取得をやめるとどうなるのか、認証制度は何のためにあるのか、を考え直したことがあるのか。規格の要求だとしてコンサルタントや審査員にやらされている事に疑問を感じることはないのか。これをしないで、世の常識を鵜呑みにするだけの経営者も「ISO思考停止症」の患者である。

  本来は管理者の業務指針たる規格にもかかわらずこれを学ぼうとせず、審査員の規格解釈に神の啓示かの如く頭を垂れ、一方で不平たらたらの管理者の実態を6年間前に「ISO思考停止症」と揶揄した。認識取得という組織の方針の下、ISO事務局担当者は、認証機関との安穏な関係を通じてほどほどの不適合指摘で審査に合格することが、経営者の意に沿うものと考え、管理者は審査での不適合指摘が経営者の意に反することと考え、どちらも、世評の規格解釈や審査員の指摘を鵜呑みにする。それが本当に組織の利益なのか、自らの職責に合致するのかを考えない。「ISO思考停止症」の病根は、物事を真剣に考えることをしないで、それぞれの世評や定説をちゃっかり拝借して自分の考えとする横着心である。ただし、大勢に身を委ねるのは、安逸であるだけでなく、問題が首尾よくいかなくとも責任が身に降りかかってくることはないという安心のおまけがつく。解決が困難な問題ほど、自己主張をしない方がよい。安逸さのための「思考停止症」は保身のための意識的な「思考停止症」に容易に転ずる。経営者が必要悪論について思考停止なのは、実はもうひとつの重要な「必要」を認識しての意識的な思考停止かもしれない。すなわち、認証取得は、経営上に不首尾が生じた場合に「認証取得をしていたのに」と言い訳に使うことができる。逆に取得した登録証を放棄した場合、だから「売れない」「クレームが続く」「重大な品質事故が出た」というような批判に曝されるかもしれない。
 
  日本の高度成長の過程は、人々が目的志向で努力を惜しまない状況に対して、効率化を目的とする管理の枠組みが成熟していく過程でもあった。規則化と統制は一般に官僚主義、権威主義、形式主義に結びつき、失敗を恐れる保身主義を生み易い。管理者と経営者の「ISO思考停止症」が、この悪しき組織風土に根ざしたものであるとするならば、「思考停止症」はISOの品質、環境の両経営管理の分野に留まらず、組織の経営管理の全般に拡がっている可能性がある。それなら、グローバル経済だから、株高が必要だから、円高だから、法人税が高いから、人件費が高いから、解雇条件が厳しいから、環境規制が厳しいから、政治が安定しないから、成長戦略がないから等々、経済沈滞の原因として異口同音に語られる問題についても、思考停止症が十分に疑われる。11月28日付け日経新聞*4は経済の長期停滞の背景のひとつに「語らぬトップ、内向く若者」を挙げているが、これは思考停止の症状でもある。意図的な思考停止による言い訳重視の保身経営がかくも実態であるなら、中国やロシアから相手にもしてもらえなくなる時が来るのを覚悟しなければならない。
 
 
*1: No.12;ISO思考停止症の管理者達、H16.4
*2: JAB: 調査報告書、適合組織の取り組み状況、毎年末発表
*3: 三菱UFJリサーチ&コンサルティング: ISOによる活動成果と今後の経営課題に関する調査アンケート分析結果報告書、H22.10.22
*4: 日経新聞、連載「長期停滞から何を学ぶ」、11月28日 
H22.12.10 
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サニーヒルズ コンサルタント事務所