ISO9001/ISO14001
コンサルティング・研修

   
論評
  実務の視点  ISO マネジメントシステム コンサルタントの切り口
このセクションでは、 MS 実務の視点主宰者が、ISOマネジメントシステム規格と認証制度を取巻く種々の問題を取上げ、
実務の視点に立つ  ISO マネジメントシステム コンサルタント としての見方、考え方を披露します。
目  次
ISO取組みの疑問と正解
-論評 我田引水-
組織の取組み
ISO取組みの疑問と正解
-論評 我田引水-
規格理解・規格解釈
ISO取組みの疑問と正解
-論評 我田引水-
認証制度と運営
ISO取組みの疑問と正解
-閑話 枝葉末節-
認証業界よもやま話
メールマガジン
マネジメントシステム
と規格



テーマ別  目次
-日本のISO取組みの問題点-
規格解釈の権威主義
恣意的な規格解釈
JIS独自註釈の間違いの始末
要求事項不変でも厳しい審査
要求事項不変でも新版解説書
ISO14001::2004で審査が厳格化
都合のよい改訂説明
JIS独自註釈の間違いの始末
食い違うISO14001 改訂説明
"いいとこ取り"のEMS
旧版誤訳を糊塗する改訂説明

日本のISO取組みの疑問と正解論 評 我田引水
規格理解・規格解釈
62b
実務の視点で、ISO9001/ISO14001マネジメントシステム規格の意義の理解、要求事項の解釈に関する
日本の実態について問題を提起し、規格制定の狙いと論理に沿った規格解釈を考えます。
   目 次
<最新号>
103. ISO9001、14001解説書は、日本では“工学書” - 誤訳・誤解・珍説・空論(1)(H28.10.15)
104. 審査でのトップマネジメントによるマネジメントシステムの有効性の説明責任 -誤訳・誤解・珍説・空論(2)(H28.12.13)



規格解説における問題点
104. 審査でのトップマネジメントによるマネジメントシステムの有効性の説明責任 -誤訳・誤解・珍説・空論(2)(H28.12.13)
103. ISO9001、14001解説書は、日本では“工学書” -誤訳・誤解・珍説・空論(1)(H28.10.15)
102. 冷凍食品農薬混入事件とISO9001/CD 新要求事項「意図的な規則違反の防止処置」(H26.2.11)
101. 条文は大きく変わっても要求事項の追加はわずかという考え方-2015年ISO9001/CD 画期的な国内委員会の見解(H25.11.18)
100. 国内委員会の役割を超えた規格解釈の説明-2015年版ISO14001 CD.1版解説の雑誌記事(H25.10.19)
99‐2. 2015年版ISO14001 現場主体の改善活動からトップ主導の経営管理の枠組みへ -規格解釈の原点回帰の兆し(H25.8.30)
75. 明らかになった2000年版のJIS独自註釈の間違いのとんだ後始末(H21.7.21)
43. マネジメントシステムにはトップマネジメントの関与が大切か? -片仮名英語の弊害(H18.4.30)
42. 日米で食い違うISO14001:2004 改訂の背景説明-どちらが本当か?(H18.4.4)
37. 内部監査は"経営に役立つ"のか -新たな空理空論(H17.11.4)
28. "いいとこ取り"のEMS  -いつでも組織は悪者(H17.3.29)
27.マネジメントシステムは経営のツール ? -大いなる錯覚(H17.3.10)
22. ISO9001 はそれだけでは "効果が出ない" 規格か ?(H16.11.30)
18. 規格解釈は誰のためか? -旧版誤訳を糊塗するISO14001改訂説明(H16.7.31)
10. 製品の改善、環境パフォーマンスの改善は不必要か?(H16.3.17)

  JIS規格化(和訳)における問題点
81. ISO50001で『要求事項』は『要件』に変わるか?-社会に役立つための条件(H22.1.8)
57. “要求”か“必要”で大違いの規格取組みと成果 -五度、“要求事項”を論じる(H19.11.9)
44. 環境影響とは  -不可解な日本語(H18.6.10)
34. 規格は要求しない(H17.8.31)
26. 要求事項の意図と要求事項の表現(H16.12.31)
23. 遂に全国誌に登場、「"要求事項"は"必要事項"」という真実(H16.10.31)
5. すべては"要求事項"から始まった  (H15.12.18)

  規格作成・改定に関する問題点
99. 共通テキスト採用の2015年版ISO9001/14001は大改定となるのか?(H24.8.9)
98. 普及してはならないISO50001-地球環境保全取組みの逆戻りの危険(H23.10.7)
91. ISO9004 についての勘違い-ありがたいお教え?(H23.1.23)
73.えっ! もう2008年版の改訂を開始? -暴走するTC176(H21.5.30)
72.改訂することが目的だった改訂作業 -規格の商品化(H21.4.15)
2008年版 改訂狂想曲-要求事項が不変なのに(1)~(6) H20.3~H21.5

71.要求事項変更がないのに「移行」審査の厳しい手続き-審査の勿体(H21.3.9)
70.要求事項変更ないのに 改めて審査員能力の評価が必要? -機関益(H21.2.11)
69. 要求事項変更なくても 2008年版解説書は必要か ? -改訂便乗(H21.1.24)
67. 要求事項の変更のない 2008年版へ“移行”とは? -JABの思惑(H20.12.26)
66. ISO9001:2008、要求事項が不変でもシステムの見直しが必要?-認証機関の矜持(H20.11.16)
62. 救世主になれそうもないISO9001の2008年改訂(追補)版  -無節操(H20.3.4)
46. プール事故死対応に見られる規格観の日米差異(H18.9.9)
4. ISO14001導入は中小企業には重荷か(H15.11.30)
 
  関連規格に関する問題点
16. 論理の説明のない簡易版EMS(H130)
1. 簡易版EMSは中小企業のために必要か、そして、利益になるか(H15.7.31)
 

(註)規格条文引用時の*印はJIS翻訳と異なる筆者のISO英文の翻訳であることを示す。


104. 審査でのトップマネジメントによるマネジメントシステムの有効性の説明責任 -誤訳・誤解・珍説・空論(2
   JABは、認証機関に示した2015年版ISO9001の認証審査の指針*1の中で、トップマネジメントがQMSの有効性の説明責任(accountability)を負うという規定(5.1.1 a)項)を審査で注目すべき変化点のひとつに挙げ、審査ではQMSが有効かどうかをトップマネジメントが説明できるかどうかを確認しなければならないとしている。
 
  この日本語の「説明責任」とは、不祥事を疑われる政治家に対してその潔白性を事実の証拠を以て国民に説明するよう求める場合にメディアが近年好んで用いる言葉である。英語“accountability”の訳語としてのこのような「説明責任」の解釈が適切ではなく、与えられた権限を行使して役割を果すことが主意であり、失敗したり不正を働いた場合にはその責任の所在を明らかにすることであるとする議論も少なくない。しかしいずれにせよ、日本語の「説明責任」は、責任を果せなかった人が、その責任を付与した人々に問題を正直に説明するということを意味する。
 
  JIS規格書巻末の解説でも、規定の「説明責任」には「トップマネジメントがQMSの有効性に対して責任を負っていることの説明という意味と、有効性がこのようなった理由を納得されるように説明するという意味の両方が含まれる」と言っているから、結局は、QMSが有効でない場合にその理由を説明しなければならないということだ。
 
  従ってJAB指針による審査では、トップマネジメントは審査員に「QMSの意図した結果とは何ですか」「それは達成していますか」と聞かれ、達成していないなら、なぜ達成しなかったのかを審査員に釈明しなければならないことになる。
 
  翻ってISO9001は、顧客のニーズと期待及び法規制を満たす製品サービスを一貫して提供し、顧客満足の向上を目指す組織に対する指針である。QMSが有効かどうかとは、「意図した結果を達成している」かどうかということであり、狙いの顧客満足の状態が実現しているかどうかということである。実務では、組織はその存続発展のためには一定の収益をあげることが必要であり、そのためには一定の売上をあげる必要があり、その売上を確保するためにはそれ相当に顧客には組織と製品サービスの品質に対する好感、満足感、安心感を抱いてもらわなければならない。「QMSの意図した結果」とはこのような狙いの顧客満足の状態のことであり、不良品を出さないことを基本に顧客のニーズと期待を斟酌し、こうなれば顧客にこれだけは買ってもらえる、取引をしてもらえるとして、品質方針に明らかにした狙いの顧客満足の状態のことである。
 
  この狙いの顧客満足の状態が実現していないということは、必要な売上が得られず、必要な収益があがっていないことを意味するから、実務では「意図した結果を達成していない」状態はあってはならないことである。審査員にQMSがなぜ有効でなかったのかをうまく説明して、「説明責任」を果たしたと認められても、組織の事業が成り行かなくなったのだから、トップマネジメントは株主から糾弾され、辞任に追い込まれることにもなる。
 
  規格の英語“accountability”は、“responsibility”が責任を引き受けるという意味の「責任」であるのに対して、責任を果すという意味の「責任」であり、“taking accountability”は「責任を全うする」という意味である。すなわち、規定の意図は、トップマネジメントはQMSの有効性に対する責任を全うしなければならないということであり、「説明責任」を求められるような状態をつくってはならないということである。
 
  もっとも、審査員の規格解釈では「意図した結果を達成している」かどうかは、現場の品質改善活動の目標としての品質目標が達成されたかどうかということとしての審査員とトップマネジメントの問答となると思われる。トップマネジメントは認証ゲームの一場面として楽しめばよい。
 
*1:JAB認定センター、ISO/FDIS9001認証審査における考え方、2015.7.14, 23

このページの先頭へ H28.12.13

103. ISO9001、14001解説書は、日本では“工学書”      - 誤訳・誤解・珍説・空論(1)  
(1) 著者の認識
 世にある数多くのISO9001、14001解説書について、英米の著者は“経営書”と認識しているが、日本の大多数の著者は“工学書”と認識しているようである。これは、英米人が規格用語「management」を、その言葉(英語)の意味の通り、「経営管理」と理解しているのに、日本人はJISが “マネジメント”と和訳し、その定義の文字面解釈により、現場中心の品質、環境改善活動を頭に描いた「方針、目標を定め、その目標を達成する活動」と誤解しているという実態の反映であろう。
 
(2) アマゾンで販売の和書の分類
  例えば、ネット書店の大手であるアマゾンでは、出品者に書籍の「ジャンル分類」を義務づけており、27の大分類とそれぞれの中、小分類を定めている。日本で最も著名なISO9001,14001解説書は、規格の改訂版ごとに、当該の改訂版作成に係わった国内委員会の委員長等が執筆し、規格協会が発行する、標題「規格要求事項の解説」と「新旧規格の対照と解説」という書籍である。これら解説書は、著者が規格の真意を最も正しく伝えていると主張し、一般に最も権威があると見做されているが、アマゾンではいずれも大分類「科学・テクノロジー」-中分類「工学」-小分類「工業規格」に分類されている。すなわち、著者やその代表する国内委員会やその解釈に依存するJABは、両マネジメントシステム規格の解説書を品質、環境改善の手法に関する“工学書”と認識している。
  
  アマゾンでは、これらを含めてそれぞれ凡そ110件と55件のISO9001と14001の解説書が販売されているが、その85%と68%の著者はその著作を“工学書”としての「工学規格」に分類している。また、12%と28%の著者は、同じ中分類「工学」の中の小分類「経営工学」と大分類「ビジネス・経済」-中分類「ビジネス実用」に分類し、工学的管理手法に関する実用工学書と認識している。わずか3%と4%の著者だけが、大分類「ビジネス・経済」-中分類「マネジメント・人材管理」及び「経営戦略」に分類して、“経営書”と認識している。すなわち、アマゾンに出品の解説書の日本人著者の大多数が、上記の権威者に倣ってか、或いは、「工学規格」という見掛け上恰好の中分類が存在するためか、“工学書”と認識し、また、“実用工学書”と認識する著者もいるというのが実態である。
 
(3) アマゾンで販売の洋書の分類
  
しかし、同じアマゾンでは、「洋書」としてのISO9001とISO14001の解説書が、それぞれ、凡そ360件と65件が販売されている。「洋書」の「ジャンル分類」は上記の「和書」とは異なるが、ISO9001とISO14001の解説書のそれぞれ70%と95%が、大分類「専門書・技術書」と「ビジネス・投資」の両方にそれぞれ含まれる中分類「経営及びリーダーシップ」に分類されている。ISO9001解説書の残り28%は中分類「品質管理」を中心とする管理手法の“実用工学書”に分類されている。すなわち、英米人の著者の圧倒的多数がその著作の解説書を“経営書”と認識し、“実用工学書”と認識する著者もいるというのが実態であり、“工学書”か“経営書”かでは、日本人の認識と完全に逆である。
  
(4) 日本書籍総目録へ登録書籍の分類
  
さらに、日本書籍出版協会が運営するデータベース日本書籍総目録には日本で発行された書籍が出版社からの登録により記載されているが、各書籍の説明ページには国際標準図書番号(ISBN)と合わせて日本図書コードの図書分類がC-CODEとして表示されている。この総目録には、それぞれ94件、63件のISO9001、14001の解説書が登録されている。その60%と35%が、大分類「工学・工業」-小分類「工学工業総記」に分類されており、また、それぞれ20%と45%が、大分類「社会科学」-中分類「経営」に分類されている。さらに、その他が2%と12%であり、分類コードなしが18%と8%である。すなわち、日本書籍総目録でも、ISO9001解説書の日本人著者の大多数は“工学書”を書いたと認識しており、ISO14001解説書の著者の認識では“経営書”と“工学書”とが拮抗している。。なお、上記の権威者による各規格2種類の解説書は、いずれも「工学工業総記」に分類されている。
  
(5) 規格の"マネジメント"と実務の"経営管理"が別物とする誤解
  JIS和訳語「マネジメント」が規格原文「management」に基づくものである以上、その意味は英語で生活する英米人が受けとる通りの「経営管理」であるはずである。世上、例えば、マネジメントシステムの戦略的な実施とか事業プロセスとの統合などと、両規格とも2015年改訂版ではマネジメントシステムと経営との距離感が変化したと喧伝されているが、規格のJIS和訳「マネジメント」と「経営管理」が別物であるとする誤解を温存した新たな愚論である。
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102. 冷凍食品農薬混入事件とISO9001/CD 新要求事項「意図的な規則違反の防止処置」 
  マルハニチロ食品の冷凍食品への農薬混入事件が従業員による犯行であったことが各方面に衝撃を与えている。事件を食品テロだとして作業現場での不法行為の監視と防止の体制の確立を説く専門家さえテレビに登場した。はしなくもISO9001 CD版には業務実行おける意図的な規則違反の防止処置の必要が織り込まれている。これを提案した日本の国内委員会には我が意を得たりと鼻を高くしているのかもしれない。しかし、これらは大きな間違いである。
   
  優れた品質や顧客満足の実現を含む組織のあらゆる業績の追求には、要員のやる気、責任感、開かれ活性化した職場が不可欠であるというのは今や世界の常識である。実際、2008年の中国製毒餃子事件の際に日本人が問題視したのは、中国企業の品質管理や内部犯行監視体制ではなく、犯罪行為を行う従業員の職業意識やそのような従業員を内在させる経営体質のお粗末さの方であった。これらはISO9001では、コミットメント、認識、職務能力(JIS和訳は『力量』)、教育訓練、品質方針の従業員への伝達、情報交換(コミュニケーション)、作業環境(物理的環境+心理的環境)として規定されている。
   
  国内委員会が言うように品質不祥事の原因が「意図的な規則違反」であったなら、そのような「意図的な規則違反」が起きたのは組織が規格の規定の意図を正しく実践してこなかったことが原因である。これを放置しておいて、2015版では審査員が工場入口でのX線全身透視検査や作業者による相互監視体制を求めることになるのだろうか。人間としての誇りを疑われ、管理者や仲間から信頼されず、仲間を信用できないような職場で組織のために一生懸命働けというのだろうか。ISO9001が役に立たないだけでなく、組織を内部崩壊させることにつながる危うさを含む国内委員会の軽率な問題認識とCD版規定である。
このページの先頭へ 詳しくは<62b-01-102>

101. 条文は大きく変わっても要求事項の追加はわずかという考え方
                         -2015年ISO9001/CD 画期的な国内委員会の見解

   国内委員会副委員長 山田 秀氏は、雑誌で2015年版ISO9001の「委員会原案(CD)の概要」を説明している。説明は、CD版が「08年版に比べると順序や見た目が大きく異なるものの、本質的にはいくつかの細かな要求の追加だけ」との見方を基本にしており、見た目(条文表現)と要求事項(条文の意図)とが別物だとする画期的な考え方が示唆されている。
 
  ISO9001は、品質経営活動が効果的であるための各業務の必要条件(JIS和訳『要求事項』)、つまり、「如何にあるべきか」を示すものである。規格はこれを、正確にわかり易く簡潔に伝えることを狙いとする「~しなければならない」という文章、つまり、条文で表している。『要求事項』が同じであっても、それをどこまでどのような文章で表すのが適切かの観点から様々な条文があり得る。しかし日本では『要求事項』は組織に「要求する事項」であり、条文そのものが『要求事項』である。この伝統的規格解釈では、全面的に条文が書き換えられたCD版は大改定と見做されることになるが、同氏はこれを否定している。
 
  同氏の示唆する「条文は変わっても要求事項の変更とは限らない」との考えが、伝統的な日本流規格解釈に一石を投じるものとなり、正しい規格解釈と価値ある認証制度の実現に向かうきっかけなるのを期待したいが、どうであろうか。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-101>

100. 国内委員会の役割を超えた規格解釈の説明  -2015年版ISO14001 CD.1版解説の雑誌記事
    日本では日本代表エキスパート、奥野麻衣子氏の2015年版ISO14001のCD.1版に関する雑誌の解説記事を読んだ。改定作業の進捗動向とその基準となるISO14001将来像報告書にも触れているが、主体は国内委員会主導の改定版解釈の披瀝である。規格執筆者の役割と責任に照らして大いに疑問のある解説である。
 
  規格作成とは「自由に放置すれば、多様化、複雑化、無秩序化することを少数化、単純化、秩序化する」という標準化の活動である。環境経営を行う責任は組織にあり、規格作成者の仕事は世界の様々な環境経営の実態を調査分析し、最も効果的な環境経営のあり方を世界の組織が利用できる実用的指針として規格書にまとめることである。規格作成者たる国内委員会の規格解釈に係わる役割は規定化の意図と条文表現の意味の説明であり、それに基づき事業発展に資するように実践的に条文を解釈するのは規格使用者たる認証組織の役割である。
 
  国内委員会が規格解釈で組織の上に君臨する認証制度のこれまでの結果が組織や社会の期待に応えられなかったからには、この状況改善には国内委員会と認証組織が規格というものの性格に照らしての正しい役割分担に戻ることこそ必要である。
このページの先頭へ 詳しくは<62b-01-100>

 99‐2. 2015年版ISO14001 現場主体の改善活動からトップ主導の経営管理の枠組みへ                                                                     -国内委員会解釈変更で、規格解釈の原点回帰の兆し
  『環境マネジメントシステム』とは、原文では“environmental management system”であり、素直に和訳すると「環境に係わる経営管理体系」であり、意味するところをもう少し明確にするなら「環境保全に係わる経営管理の枠組み」である。しかし、日本では現場主体の環境改善活動の「マネジメントシステム」という名のISO規格特有のひとつの方式と受け止められている。
  
  ところが各ISOマネジメントシステム規格の特有の必要を強調した規定表現を統一するために作成された共通テキスト は、一般的な経営論に沿った用語や表現で記述されており、これを採用する2015年改定版ではその「環境マネジメントシステム」を経営管理の枠組みとして捉えないと説明できない条項、条文が随所にある。この点でどのような規格解釈が行われることになるのか注目されるところである。
 
  最近、ISO14001国内対応委員長の吉田敬史氏はある審査機関の広報誌の対談記事*2で2015年版の特徴に関連して、現行規格の序文に記述された規格の意図の環境マネジメントシステム像と同じ趣旨の同氏の2015年版の環境マネジメントシステム像を、「環境マネジメントシステムを戦略レベルにもっていく」という「パラダイムシフト」である大変更の結果であるとして説明している。
 
  何も変わっていないのに変わったと主張する同氏のこの説明からは、規格解釈を事実上独占する国内対応委員会が、2015年版を口実としてこれまでの誤った規格解釈の基本を改めようとする意思が読み取れる。対談記事は、2015年版の「環境マネジメントシステム」はこれまでのような現場主体の改善活動ではなく、経営トップ主導の経営管理の枠組みとして解釈されることになりますよという宣言である。
 
  しかし原点回帰と言っても、マネジメントシステムを経営管理の枠組みであると明言されることにはならない。現場任せではなく経営トッフが゚主導する、戦略的な環境改善取組みに関する仕組みというような整理がされるのであろう。ともあれ規格解釈の原点回帰の方向であり、実務において実質的に経営管理の一環となることが期待される。結果として組織に利益をもたらし規格と認証制度の価値を高めるという点で歓迎されることである。
このページの先頭へ 詳しくは<62b-01-99‐2>

99. 共通テキスト採用の2015年版ISO9001/14001は大改定となるのか?
             -規格の改定:決め事、規定、要件、文章
   MSS上位構造と共通テキストの適用を伴うISO9001/14001の改定作業が始まり、認証業界では大改定となることへの期待が高まり、共通テキスト化さえ重大な要求事項の変更だと囃し立てられている。これは規格の記述の変更はすなわち要求事項の変更であるとする誤った認識に基づく。
 
  「規格(standard)」とは、関係者や関係組織の間の「決め事」をものごとの「標準」として定め、まとめたものである。決め事を表すのが「規定(provision)」であり、「規定」は一般に「文章(text)」で表記される。ISO9001/14001規格の規定は遵守しなければならない決め事を表し、『~でなければならない』という文章で表記される。この種の決め事はISO規格では“requirement(要件、必要条件)”と呼ばれるが、JISは『要求事項』と誤訳している。
 
  規格の改定とは規定の文章が変わることだが、文章の変更は必ずしも決め事たる規定の意図の変更を意味しない。実際、ISO14001の04年版もISO9001の08年版も、『要求事項』には変更はなく、規定の意図の明瞭化と両規格の文章の統一のための文章の変更だけであるとして改定された。また、ISO9001の00年版では規格の構造と規定が一新されたが、そのほとんどは決め事の変更でなく、全業種業態に当てはめるための文章表現の変更であった。
 
  一方、決め事の変更の事例にはISO9001の過去の改定では、世界の設計管理の論理と方法論の進歩に基づく『設計・開発』の規定の変更、要員を人的資源とみる日本的経営の論理と方法論の世界での浸透と理解の整理の進展に伴う『教育・訓練』『力量』『資格認定』『認識』など用語と要件の変遷、及び、近年の企業間取引の論理と実態を写した下請負契約など用語の変化がある。マネジメント システム規格の「決め事」は、効果的な経営管理(マネジメント)のために必要という共通認識の上の「決め事」であり、この変更には、新しいより効果的な論理や方法論が見つかるか、状況変化のために既存の「決め事」が不適切となるなど、変更の必要理由が必要である。
 
  共通テキストはその名の通り文章の問題であり、このISO9001/14001への適用は決め事の変更を意味しない。改定がこの範囲なら、文章の大幅な変更はあっても組織は仕事のしかたは一切変える必要はなく、マニュアルの文章を新しい条項に従って並び替えるだけでよい。
 
  文章の変更を越える決め事の変更があれば、該当する業務の手はずを修正し新しい手はずに基づいて業務を行わなければならない。手順書や資源の変更の必要もあり得るし、マニュアルの記述の変更も必要になる。これがどれくらいあるのかということであるが、直近の改定作業で何百件もの改定提案があり、理屈づけの整理ができずに要求事項の改定が先送りされたこと、及び、共通テキスト部分の改定はできないという新たな状況に鑑みると、決め事が変わってもわずかであり、組織には大した手間にはならないと予想される。
 
  しかし認証業界が15年版を大改定と囃し立てること、組織がしっかりしないと踊らされることになる可能性は十分にある。しかし改定の負担に照らしての登録放棄の多発の可能性もあるから、大改定すなわち認証業界の利益ということには必ずしもならない。次回改定を「規格の要求」という馬鹿げた認識を改める機会とし、「規定」の改定の意味を正しく理解して大騒ぎしないことが、組織にはもちろん、認証業界にも利益となるはずだ。
このページの先頭へ 詳しくは<62b-01-99>

98.普及してはならないISO50001  -地球環境保全取組みの逆戻りの危険
  エネルギー使用効率の向上をうたい文句に エネルギー マネジメント規格ISO5001の認証制度の準備が進められている。しかし、省エネルギー は時代遅れの古い概念であり、今日これを殊更に取り上げ、これを進める組織を社会的に認めるというような必要は存在しない。省エネルギー は、地球環境保全、とりわけ、焦眉の急の温暖化ガス排出削減の枠組みで語られてはじめて、今日的意義をもつことになる。
 
  しかし、ISO50001はこれを匂わしながらも実体は、エネルギー効率改善とそれによる コスト低減を目的とする純粋の省エネルギー推進の規格である。ISO14001も エネルギー使用を地球環境への負荷と見做し、多量エネルギー使用組織は環境方針に省エネルギーを掲げているが、ISO50001が対象としない外注での使用エネルギー や製品の使用に要する エネルギー使用をも削減管理の対象としている。これでこそ、組織はその地球環境保全責任を果たしたことになる。ISO50001は世界の最重要項目である地球環境保全を横目に自己のコスト削減に専念する無責任を認める規格である。
 
  日本はISO14001認証取得大国であり、多くの組織が地球環境保全取り組んでいる。この状況で自己本位なISO50001の認証制度が普及するとすれば、地球環境保全取組みを後退させることにしかならない。そもそも日本では既に省エネルギー法があり、省エネルギー 推進は法による義務であり、多量エネルギー使用組織にとって任意の取組みを社会に訴えるISO50001認証制度の必要はない。ISO5001は普及しないだろうが、普及してはならない規格である。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-98>

91. ISO9004 についての勘違い -ありがたいお教え? 
  JISQ9004 セミナーが花盛りであるが、その中で日本規格協会主催のJISQ9004規格説明会&ワークショップ(名古屋会場)という案内状を見た。案内状には、説明会は参加者が規格の意図や活用方法を理解するためであり、改正作業に係わった国内委員会の委員を「お招きして」「説明する」ということになっている。参加料は約9,000円とある。ISO規格とはこのようなものなのだろうか。
 
 JISQ9004はISO9004を翻訳したJIS規格である。ISOは国際標準と称してISO規格を発行しているが、その利用を強制する力はなく、その意図もない。人々が有益と判断し、世界で広く利用されて初めて、事実上で国際標準となる。事実上の国際標準とならない限りは、規格書はISOという民間機関で規格作成に当たる人々の私的な考えを記した文書に過ぎない。ISOも日本規格協会もそれぞれの規格に著作権を主張している。両機関とも、人々に規格書を買ってもらうことで成り立っているからである。この意味で規格書は、著者が私見を発表するのに出版社に独占権を与えて印刷、販売させる一般の書籍と同じである。規格書の著者はISOの各規格作成委員、ないし、国内委員会の委員であり、出版社はISOないし規格協会である。
  
 書籍が売れないと出版社は経済的に成り立たないし、著者は収入もさることながら私見を世に認めてもらうという出版の目的を達成できない。規格書が売れないとISOは新しい規格作成の原資を生み出せないし、著者には世間に標準と認めてもらえないということで存在意義が問われる。出版社は特に売りたい、売れると思われる書籍については新書発表会を催し、そこでは著者が書籍の魅力を訴える講演を行い、買ってもらった書籍にサインして愛嬌を振りまく。案内状の規格説明会は趣旨からは、出版社である規格協会が行うJISQ9004規格書の新書発表会である。しかしそれが、書籍代金の何倍もの参加料を徴収し、著者を「お招きして」、出版社が読者の理解のために書籍の内容を「説明する」というのだから、これは異様である。著者にはISO9004/JISQ9004という無条件でありがたいものを作っていただいたので、人々には書籍を購入して更にお金を払えば希有なことながら著者からの説明を受けることができるという案内状と読める。実際に参加者がいるからこんな異様な新書発表会が成り立つのであろうが、JISQ9004規格説明会の主催者も参加者も、ISO規格というものを勘違いしている。
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81. ISO50001で『要求事項』は『要件』に変わるか?
             -社会に役立つための条件
 
   新しいISO規格、ISO50001(エネルギー マネジメントシステム)の作成作業が委員会原案(CD)の段階となり、昨年8月には (財)エネルギー総合工学研究所が主催するシンポジウムが開かれ、雑誌アイソスも11月号に特集記事を掲載するなど関心が高まっている。

  この雑誌記事の引用する同規格の条文の中の用語『この規格の要件』が注目される。この『規格の要件』は原文が“requirements of the Standard”であり、既存のJIS マネジメント システム規格では『規格の要求事項』と和訳されている。既存JIS規格では『要件』を意味する“requirement”はすべて『要求事項』と和訳されており、これにより規格の条文が『規格の要求』を表すものという解釈が日本では幅を利かせている。これが、日本のISOマネジメント システム 規格取り組みを様々に歪ませ、様々の問題の直接、間接の原因となっている。ISO 50001がその狙いの通りに組織で使用され、認証制度が活用され、省エネルギーという時代の要請に応えられるものとなるためには、“requirement”が『要件』と和訳されることが不可欠である。
 
  例えば、この雑誌記事はISO9001の専門家がISO50001を論評するものであるが、仮訳和文ISO50001の該当する条文をJISQ9001の条文「品質マネジメントシステムの有効性を継続的に改善しなければならない」と対比させ、ISO50001はISO9001のように「継続的改善そのものを明確には『要求』していません」と断じている。しかし、ISO50001の目的は「組織がエネルギー効率やエネルギー強度を含むエネルギーパフォーマンスを改善するのに必要なシステムやプロセスを確立すること」であり、「コスト、温室効果ガスの排出量、及び、それ以外の環境への負荷の低減を誘導するもの」であると序文に明記されている。それでも、この専門家は規格はエネルギー効率の継続的改善を『要求』していないと断じて憚らない。自分が規格であると言わんばかりだが、『要求』だからこんなことが通用する。
 
  さて、ISO50001の仮訳和文と英文を比較すると、規格には58種類の表現の“requirement”が記述されており、その内の20種類の表現の“requirement”が『要件』、31種類が『要求事項』、7種類が『要求』と和訳さていることがわかる。『要件』と『要求事項』との使い分けは一定の決まりによるのでなく、仮訳和文の複数の翻訳者の和訳姿勢によるようだ。『要件』を採用した翻訳者は、多くを『測定要件』『法的要件』などと原文に忠実な『要件』と和訳する一方で、標題は『一般要求事項』などと和訳して既存のマネジメントシステム規格の用語との整合を図る工夫をしている。他の翻訳者はすべてを『要求事項』と和訳している。
 
  このようにISO50001規格作成関係者の総意にまではなってない『要件』が、今年末に発行される正式規格のJIS和訳版で生き残ることは容易ではない。今後の規格作成作業が既存の認証業界との関係を深め、用語と解釈の点でも調整が行なわれるであろうが、既存業界関係者には『要件』を認める訳にはいかない事情があるからである。例えばISO9001では、製造業で一連の工程が進む毎に誰が次工程送りを許可したかの記録をとり、保管することが『規格の要求』であった。『要件』であれば、組織の品質保証専門家は「そんなことは製品の品質保証や顧客満足の実現に『必要』がありません」と抗弁することができたが、『要求』だと思うから訳を考えずに意味のない仕事を8年間もやってきた。 ISO50001でも審査員の 的外れの指摘に対して組織のエネルギー専門家は「それは省エネルギーの実行や実現に『必要』ありません」と反論できる。こんなことになったら認証業界の秩序が成り立たない。これは、とりわけ権威者には悪夢である。
 
  エネルギー使用量の削減もエネルギー マネジメントシステムの継続的改善も『規格の要求』ではないという解釈では、省ネエルギー実行の振りをするだけの認証取得組織が増えて、認証制度が社会からそっぽを向かれることになる。これは既存マネジメントシステム規格と認証制度が歩んできた道である。ISO50001作成関係者が仮訳和文で見出した『要件』という正しい規格解釈を、正式のJIS規格でどう取り扱うかは、この国際規格の作成を自らの専門性たる省エネルギー技術の実践の機会と考えているのか、或いは、やっと手にした産業界に権威者として君臨できる機会と考えているのかを結果的に炙り出すことになる。科学者の良心を見てみたい。
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752008年版で明らかになったJIS版独自註釈の間違いのとんだ後始末 
   ISO9001/14001認証業界は権威主義の砦である。この頂点に君臨するのは各規格の作成作業に日本を代表して参加する国内委員会である。規格の解釈や英文和訳の明らかな誤りを訂正する場合も、密やかに、又は、もっともらしい理屈をつける。権威者の辞書には謝罪や釈明の文字はない。この典型的な事例が、2008年版改訂と同時にひっそりと行なわれた和訳条文の変更と説明の中に見られる。
 
  そのひとつが、3つの条項で「リリース」の説明のため条文中に付されていた4件のJIS独自の註釈が削除されたことである。例えば8.2.4項の2000年版では、原文の“release of product”を『製品のリリース』と和訳し、これが「次工程への引渡し又は出荷」を意味するというJIS独自の註釈を付していた。この註釈が2008年版で削除されたが、この理由について国内委員会メンバーらは、原文が『製品のリリース』から『顧客への引渡しのための製品のリリース』と変更され、『リリース』の対象が『顧客への引渡しのためのリリース』であることが「明確化した」ためと説明している。誤解され易い表現を修正することが2008年版改定の趣旨であるから、原文の変更はこの趣旨に沿ったものなのだろう。つまり、条文の意味や意図には変更がないということであり、2000年版でも『製品のリリース』は『顧客への引渡しのための製品のリリース』であったということである。JIS独自註釈はこれを「次工程への引渡し又は出荷」と受け取っていたのであるから、正に誤解であり、規格使用者に誤った解釈を押しつけていたのである。
 
  同委員達の説明では、原文が変更されて「リリース」に次工程引渡しが含まれないことが明確化したと言う一方でなお、「製品のリリースの意味に中間のプロセスでの引渡しがあることを否定するものではない」とし、記述変更は「必要最低限の要求をしようとした結果」であるとしている。解釈の誤りではなかった、要求事項が変わったと言いたいのであろうが、強弁としか言いようがない論理である。他の3件の「リリース」の独自註釈削除については、理由の説明すらない。
 
  専門知識と見識の持ち主であるが故に権威者と目される人々であるから、この説明は本音ではあるまい。この業界では、権威者には非はないし、どんな説明も易々と受け入れられる。実際、審査の現場では、次工程送りに許可手続きとその記録が要求され、今考えると組織は無意味で不必要な業務をやらせていたのである。しかし、権威者の説明には、こんなことに想いを馳せるという感覚が全く感じられない。このように後から間違いがわかってしまって大恥をかいたはずなのに、「リリース」の他にも2008年版についてまたおかしな解釈が得々と披瀝されている。批判や責任追求と無縁な環境に安住して、ここまで物事を安易に考える習慣が身についたのであろうか。それにしては、麻生首相は気の毒である。権威に絶対服従の閣僚や党役員に取り囲まれ、やさしくて従順な支持者と、何をしても無批判の選挙民を相手にし、片棒をかつぐ マスコミ が付いておれば、追い込まれ解散で必敗の総選挙に臨まなくてよかっただろうに。
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73. えっ! もう2008年版の改訂を開始? -暴走するTC176
   東京で2/20-28に開かれたTC176の年次総会では、早くもISO9001規格の次の改訂の中味をどうするかの最初の検討が行なわれ、最早で2015年という次期改訂版発行の見通しまでが合意されたようだ。 しかも、規格協会のウェブサイトに掲載されている国内委員会による報告では、改訂作業をこの総会で開始することは、2008年版がまだ発行も決定さえもしていない昨年5月のセルビアでの年次総会で決議されていたとのことである。 2000年版の改訂要否の議論が始まったのは2000年版発行から2年10ケ月後であり、それでも2000年版への認証移行期間を残した時期に改訂議論を始めることにかなりの異論があることが報じられていた。 今度は改訂版発行の前に、その改訂の検討に着手することを決めたというのだから、異常ともいえる状況である。
 
  要求事項を変更しないという2008年版改訂の性格上、改訂作業中に寄せられた多数の意見が積み残されたままになっているというのが次期改訂作業開始の理由だそうだ。 セルビア総会ではこの集約作業をSC2/WG18/TG1.19が行い、「改訂作業見直し報告書」を東京総会に提出することが決められた。 国内委員会報告によると東京総会ではこれを参考に、改訂の「キーエリア及びキーコンセプトをブレンストーミングで抽出」した。しかしこの結果は、次回改訂で「対応すべき事項や直接的なインプットとなるもの」ではなく、今後も「アイデア、コンセプト」を継続して検討し、改訂に関する「ユーザーニーズ調査」「妥当性評価」を行ない、3年間で「改正に関する推奨レポート」を作成するのだそうだ。
 
  同報告では東京総会には44ケ国18機関の218名が参加した。 これだけの人々による「ブレンストーミング」でも、これとこれを改訂するというような意見はまとまらなかったという経過を見る限り、TC176が2008年版のどこかに問題があると具体的に認識している様子はない。 どういう理由でどのような改訂を行なうことができるのか、改訂の口実を必死に探しているようにしか見えない。
 
  また同報告では、TC176はISO9001と平行して行なわれてきたISO9004の改訂の他にも、ISO9000(品質マネジメントシステム-基本及び用語)やISO19011(品質及び/又は環境マネジメント システム監査のための指針)の改訂作業も進めている。後二者の規格は、定義や原理、基本手順の指針を規定する規格であり、よほどの時代の変化がない限り改訂の必要が生じない性格の規格である。しかも、ISO9000は前身のISO8402から2000年、2005年と既に2回改訂され、ISO19011は前身のISO10011/14010から2002年に変更されたばかりである。同報告には改訂の必要理由がそれぞれに記されているが、改訂ありきの理由づけにしか思えない。この改訂によって、認証取得組織は規格書を購入させられ、認証機関からは組織には何の役にもたたない手順やマニュアル記述変更の要求を受けることになる。
 
  先進国では既にISO9001の認証は頭打ちであり、日本でも社会からの信頼低下著しく、認証制度への関心がすっかり冷え込み、JAB傘下のISO9001認証登録件数の減少が止まるところを知らない。 しかし同報告によると、東京総会ではこの議論は全くない。 TC176が認証制度の実状や認証取得組織の利益に無頓着に改訂作業を露骨に進めるのは、目先の利益しか頭にない認証業界の利益代表者によって規格作成機関TC176の大勢が占められているからであろう。しかし、このTC176の思惑でも、日本で次に改訂狂想曲が奏でられるのは早くて6年後である。 この時にはどれだけの演奏者が残っており、どれだけの組織が踊るのであろうか。
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72. 改訂することが目的化した改訂作業 -商品化
   2008年版規格の「まえがき」には、改訂は2000年版の規格条文の要点を明瞭化することと、ISO14001規格との両立性を高めるために行なわれたと記述されている。そして巻末の付属書Bの整理によると、条文の変更は94件に上る。 しかし、筆者の分析では、とるに足らない言葉づかいや文章の変更ばかりであり、規格解釈に影響を及ぼす条文修正は辛うじて5件を数えるのみである。 しかも、この内の3件は規格の価値を毀損しかねない改悪である。 2008年改訂は全体として品質保証のあり方を示す規格として全く意味のない、また、規格使用者に何の利益ももたらさないという点で不必要な改訂であったと断定できる。米国のISO規格討論サイト*1では、大勢の関係者による数えきれない会合と、その結果の温暖化ガスの大量排出や新規格移行のための大量の紙の使用は何のためだったかという批判や、世界で何百万冊もの規格が売れるという経済効果が改訂の意義だと皮肉る意見も見られるが、同感である。
 
  2008年版改訂は基本的にはISO/IEC規則*2に則ったものである。同規則は、時の経過による規格の価値の変化を検討するためにどの規格にも5年毎に「体系的再評価」を行なう必要を定めている。これにより、規格をそのまま継続させるか、改訂又は修正するか、或いは、他の種類の文書に格下げするか、又は、廃止するかを判断することが決まりである。「体系的再評価」によって、規格の必要性は変わらないが時代が変化したため内容が合わなくなっていると判断される場合には、改訂や修正が必要という結論になる。 ところが2000年版は、世界の成功企業の体験に学んで体系化された論理に基づいて、効果的な品質保証のあり方を経営管理活動の必要条件として、全産業に適用可能な表現で表したものである。これを改訂、修正するには、世界が品質保証に関する新しい体験をし、或いは、市場の品質保証の概念が変わってきて、2000年版の論理や要求事項では組織が品質競争力をつけることができないという状況になりつつあるという事実が必要である。
 
  「体系的再評価」は、2000年版への移行がまだ完了していない2003年10月に開始され、翌年12月のTC176会議で結論が承認された。 改訂の必要性が見つからなかったのであろうと想像されるが、結論は条文の明瞭化とISO14001との両立性向上に限定した修正を行なうというものであった。「体系的再評価」の開始時期自体に慎重論があったことなど、報じられる議論の経過や、また、改訂目的から要求事項の変更を排除したこと、「改訂(revision)」ではなく「修正(JISでは追補; amendment)」と呼ぶことにしたことなど、この結論が多数の改訂推進派の圧力に規格の意義に忠実でそれ故に改訂に否定的な少数派が押された結果の妥協策であったことが推定される。この後の改訂作業開始後にも改訂の範囲の拡大を図る動きが出て、これが否定されるまでの経過によって改訂作業が停滞するまでの事態も生じたが、改訂はこれほどまでに強い改訂推進意欲を背景としていたのである。
 
  改訂作業が改訂推進派の主導で行なわれたことは、2008年版の変更点に関する改訂作業関係者による説明からも窺える。例えば、問題の記述変更である「是正、予防処置の有効性のレビュー」「監視及び測定の“equipment”」に関する米国の国内委員会(USTAG)の説明*3は、改訂ありきの大勢に屈した不本意さを糊塗せんとする屁理屈に近い言い訳然としたものである。「合否判定基準への適合の証拠は記録でなくともよいとの例が紹介された結果」で「記録であるという誤解」を除くために文章を変えたという日本の国内委員会の説明*4は、改訂作業が如何に浅薄な論議に基づいて行なわれたものであるかを物語る。また、この改訂説明の中には、議論になった改訂文案が「要求事項の変更になる、追加になる」という理由で否定されたということがしばしば出てくるが、これは「要求事項」を規格作成者の都合で決めることができるとする誤った規格理解が改訂作業を支配していたことの現れである。「要求事項」は品質保証に必要として実務で実証された必要条件であるから「要求事項」の変更になる条文の変更が必要であるなら、規格の価値を維持するためには改訂作業の狙いに合うかどうかによらず、変更を取り入れなければならない。それでなければ、規格は虚構の品質保証標準となる。
 
  スエーデン人のTC176委員であるJ.Anttila氏はそのブログ*5で、「規格理解と適用で人々が当面する問題の多くは、規格作成作業の合意主義という性格に起因する」と理由づけて改訂作業の実態を批判し、2008年改訂が自らの意に沿わない不適切な内容になったとの無念な想いを吐露している。氏によると改訂作業では、大きな声を出す人が多いが、往々にして頭脳を持ち合わせていない(烏合の衆に相当する英国の諺: Mob has many heads but no brain)ことが最大の問題であり、実際には取るに足らないことばかりが規格化され、多数の人々が関心を示す事項は採用されるが、議論が伯仲するような事項は規格に取り入れられない。 同氏が筆者の推定する規格の意義に忠実な少数派のひとりであり、この「大きな声を出す人」が改訂推進の多数派を指すものとすると、2008年版の変更がかくも無意味で不必要な内容となった理由がよくわかる。
 
  改訂ありきで始った改訂論議は、改訂を目的化した改訂作業に受け継がれ、94件もの変更が実現した。規格の価値や有用性を高めることに向けて改訂作業が行なわれた形跡がどこにも見出せないのは当然である。2008年版は、改訂による利益を期待する改訂推進多数派のあからさまな商業主義の産物である。商業主義による認証制度の信頼性低下を押しとどめる役割を今日まで果たしてきたのは、規格の有用性に関する真正さであった。2008年版の改訂では商業主義が規格の真正さをも歪ませてしまった。後年、2008年版が規格と認証制度の崩壊の端緒となったと評価されるかもしれない。
 
*1 S.Vianna: Elsmar Cove Forums, http://elsmar.com/Forums/showthread.php?t=30669
*2 ISO/IEC Directives, Supplement-Procedures specific to ISO, 2.9
*3 L.Hunt他:The Insider’s Guide to ISO9001:2008, Quality Digest, Nov. 2008,
*4 平林良人: ISO9001:2008追補改正版はこう議論されこのように決まった、アイソス,No.135(2009.2), P.12-
*5 J.Anttila: Quality Integration: blog, January 08,2009
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71要求事項変更ないのに 「移行」審査の厳しい手続き-勿体
   証機関がそれぞれ2008年版での最初の審査をしたという発表がウェブで目につく。要求事項が何も変わっていないが、2年後にはこの規格の2000年版そのものが無効になるから、登録証の標記はISO9001:2008でなければならなくなる。従って、組織の品質マニュアルに2000年版対応というような記述があってはまずいから、書き直して2008年版に対応するという体裁を整えなければならない。これが2000年版に適合の登録証を有する組織が行なうべき2008年版認証審査への対応である。 この程度の対応だから TC176は「移行」という言葉を使わないで改訂版の「使用開始」と呼ぶように言っている。
 
  しかし、審査機関はおしなべて「移行」という言葉を用い、2年以内のいつかの定期審査や更新審査を「移行審査」とするよう組織に求めている。これを特別審査と称して、定期又は更新審査+特別審査を行なうという認証機関もあり、また、組織の希望があればこの特別審査を単独で実施するとする認証機関もある。 特別審査でも移行審査でも既存の登録証は無効となり新たな2008版の登録証が発行される。 しかし、これによって得られる新登録証の有効期間はその時点から3年ではなく、旧登録証の残存有効期間を受け継ぐだけである。 それでも、新登録証の発行料金は徴収されるから、定期審査を移行審査とする組織には、余分な出費が必要となる。「移行」期間は2年だから、この間には定期審査しかない全体の1/3の組織がこのような不運を被る。
 
  多くの認証機関が組織が移行審査を受ける条件として、意図が明確になった2008年版で現状の品質マネジメントシステムを見直し、誤りがあれば修正することを要求している。 そして組織が、何らかの修正をした場合は、修正した部分に関して改めて内部監査とマネジメント レビュー を実施しなければならない。修正したならば更に、2008年版品質マネジメントシステムに対応する内部監査員の教育と資格の認定が要求され、その他の要員に対してもマニュアル変更教育の実施と記録が要求されるかもしれない。この内部監査員の新たな教育に研修機関主催の講座の受講を勧める認証機関もある。認証機関の改訂規格説明はほとんどがJABの認証機関への説明*1に基づいており、説明の中では「見直し、修正する機会になる」という表現で多くの品質マニュアルの書き換えや手順の修正の必要を暗示している。それに見直して誤りがなく、従って修正しなかった場合には、見直したという証拠が移行審査で確認される。これではよほど勇気のある組織しか、これまで適合と認められてきたのだから要求事項が同じ2008年版にも適合するとして、規格の版名以外は何も修正しないということにはならないだろう。
 
   そもそもISO9001規格という商品の価値は要求事項にある。その価値に何の変化もない改訂版を買わされて、それへのあれやこれやの対応を迫られるというのは受審組織にとって迷惑極まりないことである。 しかも、この時期の受審組織の大半は派遣切りに象徴される未曽有の苦境にある。認証機関が組織に要求する上記の「移行」手続きには、認証審査が如何にも厳格で重厚なものであるかの装いと、その下の監督機関JABへのおもねりと自身の利益追求が窺えるが、受審組織への慮りは微塵も感じられない。 すべての認証機関がこうではないのだろうが、これが大勢であるのは確実である。 カナダのある有力認証機関は、1/28の声明で今年は昨年の認証料金体系を維持すると発表した*2。実態はわからないが、声明では「この困難な時期に依頼者(client)が生産と収益を維持するのを助ける」ためと理由を説明している。日本の認証機関が社会制度の管理者だと胡座をかいても、受審組織の支払うお金で食べていくことができているのが現実である。 受審組織に要らぬ負担だけは少しといえども掛けてはならないという気持ちがあるなら、もう少し違った「移行」手続きとなって然るべきであろう。
 
*1 JAB研修会、認証機関にとってのISO9001:2008追補改正、2008.12.8
*2  新聞発表、CSA International、price freeze on services to help hard-hit manufacturing sector、2009.1.28
*3 ISO/TC176: Implementation guidance for ISO9001:2008, N836, October 2008
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70要求事項変更ないのに 改めて審査員能力の評価が必要 ? -機関益
   ISO9001の2008年版の発行に伴い、第三者認証を行なう審査員の資格を管理するJRCA(日本規格協会 マネジメントシステム審査員評価登録センター)は早速、現行の審査員の資格維持の新たな条件を追加した。ウェブサイトの発表には、「JIS Q 9001:2008改定に関しては、「新たな要求事項は無い」とのことですが、規格の正しい意図を改めて確認するとの観点から、審査員に対して、『JIS Q 9001:2008改定』に関する継続的専門能力開発(CPD)実績の記録(3時間以上)を求めることを決定いたしました」とある。 今後は登録証明書、登録カード共に、2008版を対象規格とする新たなものに変わるのだそうだ。つまり、現行審査員は2008年版に関する審査能力がないので、改めて習得させ、能力を再評価するとの言い分である。
 
  しかし、JRCA自身も認めるように2008年版には要求事項の変更や追加はない。2000年版で審査できると認められた審査員が2008年版で審査するのに何の問題もない。十分な規格理解をもつとして資格を保持する審査員には、何も変わらない規格から新たに学んだり習得するようなものは存在しない。規格の正しい意図を改めて確認する観点と言われて、要求事項の変わらない改訂版規格をどんなにひねくりまわしても、新しい知見は期待できない。審査員が正しい規格理解をしていると思うのはうぬぼれではない。それを理由にJRCAから審査員資格を認められているのである。 JRCAには、毎年高額の審査料を払い、関連事項の継続的能力開発の証拠まで提出し、厳しい能力評価を受けて審査員能力を認めてもらってきたのに、今更その能力の根幹の規格理解に問題があるかもしれないと言われては困る。誤解しているかもしれないから謙虚になれと言われては、正しい規格理解を元手に審査業務を正しく行なってきたという事実を自ら否定しろと言われているのと同じである。
 
  それでもJRCAは、2008年版の審査に必要な能力開発をしなければならないとし、しかも、その証拠のCPDを提出せよと言う。CPDとは、審査員が専門能力開発を行ったことの証拠を示す文書のことであり、JRCAに登録する審査員は毎年の資格維持又は更新の際に提出させられる。本当に適切に能力開発を行なったかどうかをJRCAが判定できるように、CPDで審査員は自身の弱みと強みを明らかにし、どの弱みを克服する目的でどのように勉強して何を習得したかを書かされる。この書き方がJRCAのお気に召さなければ書き直しを要求される。これが始まった2007年には50%もの審査員が書直し要求を受けた。条文の変更を逐一たどり、発表される諸解説と照らし合わせてその趣旨を考察し、変更の意味を自らのものとするのは、職業的専門家として当たり前のことであり、これは能力開発というようなものではない。普通の審査員がCPDを書くとすれば、「このような方法で規格の正しい意図を改めて確認しました。これまでの自身の理解には問題がなかったことがわかりました。」と言うことになる。 しかしこれでは、自分の弱みも何を習得したかも書かれていないからJRCAにはお気に召さないだろう。「変更条文の解説を読んだところ、これとこれについて規格の正しい意図を取り違えていたことがわかったので、こういう勉強でこのように誤解を正しました」なら、何らかの注文はつけられるもののCPDの書き方としては問題ないと思われる。しかし、これでは自身が欠陥審査員だったと告白しているのも同然であり、自身の審査員評価登録業務の不適切さを認めることになるJRCAもこのCPDを受け入れることはできないかもしれない。とは言ってもCPDを提出しないと資格維持ができない。どのようなCPDを書けばよいのか、ほとほと考え込まされる。
 
 この悩みを解く鍵が、このCPDの必要を告知するJRCAのウェブサイトの発表文の中にあった。 すなわち、その第6項として「JIS Q 9001:2008(ISO 9001:2008)対応の説明会・セミナー を希望される方は、JRCA承認研修機関、(財)日本規格協会等にて実施していますので各機関にお問い合わせください」が記載されている。 そしてCPDのための用紙の書式を調べると、何と通常のCPD書式と異なり、「専門能力開発の目的」に自身の弱み強みを書く必要はなく、「専門能力開発の方法」の欄には予め、「読書による自習(書籍名と著者名)、研修の受講(研修名と主催者名)、その他」と書かれていて、研修の受講という手があることがわかるようにしてある。 JRCAが承認する研修機関のセミナーを受ければ、何も変わらない規格から何かを習得したというCPDが書けるようなお話が聞けるということであろう。 JRCAのウェブサイトにはその傘下の研修機関が記載されており、それらの大多数は「JRCAのCPD対応」を掲げる2008年版解説セミナーを開催している。3~5時間の講習で受講料はひとり15,000~40,000円であるが、満席のため日程を追加するセミナーもあるなど盛況のようである。登録審査員12,000人の何割かの受講でも億に迫る売上になる。
 
  業界秩序の下層に置かれる審査員たる者はお上の言葉を真面目に考えてはいけない。このCPD要求によってJRCAには、理屈に合わないCPD提出の強制で審査員への支配権を強め、傘下の研修機関に事業機会をつくって与え、厳格な審査員統制を監督機関のJABにアピール するという効用がもたらされる。 職業人としての良心や誇りに一瞬目をつむり、聞いた通りにCPDを書けばJRCAにすんなり認められて資格維持ができるなら、受講料は易いのかも知れない。それにこのネタを元手に審査では見識をひけらかすことができる。
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69要求事項変更なくても 2008年版解説書は必要か ? -便乗
<2008年版解説書の発刊と謳文句>
  2008年版発行に関連して日本規格協会は2冊の解説書を発売している。1冊は「ISO9001新旧規格の対照と解説」であり、もう1冊は「ISO 9001:2008(JIS Q 9001:2008)要求事項の解説」である。いずれも品質マネジメントシステム規格国内委員会監修で同委員連名の著作である。両書のいずれの標題も2008年版が変更や追加又は削除された要求事項を含む改訂版であるかの印象を与え、著者名と重ね合わせるとそのような権威者の解説が必要なほどに重要な高度な改訂があったと思わされる。 発行元のウェブサイトでの書籍の説明文も、「2000版と2008版との差異・ポイントを詳解」「改正内容を踏まえた要求事項の正しい解釈」、「2008年改正によってQMSや審査に影響が生じるのかを知りたい方にお勧め」と、「改訂」を殊更に匂わしている。そして、「TC176日本代表がいち早く」「わが国で唯一の国内委員会監修の」と中身の真正さを強調している。これでは、登録取得組織はじめ規格要求事項の変更に敏感であることが必要な人々は、早く買って読まなければならないと感じてしまう。
 
<発刊の必要性>
  しかし、2008年版には2000年版から要求事項の追加も変更もない。両書の著者は、このことを正しく伝える責任のある立場の人々である。2008年版改訂作業に係わり、改訂意図を熟知している国内委員会の委員たる著者であれば、2008年版の要求事項が2000年版から変わっていないことを伝える責任はあっても、変わっていない規格を改めて説明する責任はない。JABや認証機関、出版社などがそれぞれの思惑で自身の利益のために2008年版「改訂」を取扱っている情勢において、各委員には「変わっている」との誤解を与えないように、また、規格の最大の顧客である登録取得組織にいらぬ2008年版対応取組みをさせないように、その言動を律することこそ大切である。規格の正しい使用を図るべき筆者達がどのような責任感で、どのような社会的必要を見て、この両書をこの時期に執筆し、上記のような標題で、上記のような謳文句で書籍が発刊され、販売されることを認める決定をしたのかが理解できない。
 
<2000年版解説書との違い>
  更に「ISO9001:2008要求事項の解説」については、これと同じ標題の2000年版解説書が、同じ国内委員会監修で同じ著者から発刊されている。すなわち、同じ規格協会発行の2002年10月を初版とする「ISO9001:2000要求事項の解説」である。解説と名うつ以上は、規格要求事項の条文の文面をなぞるだけの説明でも、別の言葉で言い直すだけでもなく、条文の文面だけではわからない、極端な場合は意味が誤って受け取られかねないような条文を解きほぐし、その意図或いはその背景の考え方や規格の論理を説明するものであるはずである。 2008年版は正に、このような意図の不明瞭な、意図が誤解され易かった条文や単語を変更したのである。先に2000年版に関して執筆発刊した解説書が適切に規格要求事項の意図を伝えるものであると著者が考えるなら、「2008年版」で条文が変更されても2000年版解説書の一字一句たりとも改める必要はないはずである。
 
<顧客満足>
  改めて2008年版解説書を発行する必要があるとすれば、2008年版が発行されてみて2000年版解説書に言葉足らずや誤解を招く箇所があったことに気づいたという場合、または、2000年版解説書にも条文を誤解していたところがあり解説が適切でなかったという場合であろう。しかし、ISO9001の意図する顧客満足の追求では、前者の場合は、新版解説書の執筆ではなく、正誤表のような形で内容を修正し、2000年版解説書の購入者にはウェブサイト等での告知と無償での正誤表提供を図ることとなり、後者の場合は、出版社は欠陥製品を販売したことになるから、リコールなど既購入者に応分の補償を行なうことになるだろう。これが、一般消費製品についてほとんど日常的に行なわれている組織の品質保証責任の果たし方であり、顧客繋ぎ止め策である。
 
  規格条文記述が変更されたから解説も改める必要があるというなら、書籍の中身が条文をオウム返しになぞらえたものであることを認めるのも同然であるから、書籍の標題から「解説」を落とすべきであり、旧版の標題が不適切であったことを既購入者に釈明すべきである。なお、両書には、経緯や改正審議など2008年改正作業に係わる説明が含まれており、これを要求事項の変更のない2008年版ながら解説書の発刊が必要とする言訳にしているように見える。しかしそれなら、規格改訂作業というISOの公的活動の情報を、それに公的に携わったが故に知っている人々が、自ら著者となって有料の商業本として公開することの是非を議論しなければならない。
 
<商業主義>
  ISO9001の登録件数の近年の頭打ち状態の大きな理由は新規登録の減少である。これは規格要求事項に改めて関心を持つ人、つまりは、規格解説書の購入者の数が減っていることを意味する。発行以来8年、薹の立った2000年版要求事項の解説書を、認証取得組織の関係者が今更買って読むことも多くはないだろうから、出版社にしてみれば2008年版改訂は、解説書への新たな需要を創出できる千載一遇の機会である。 この需要は2008年版で何かが変わったということでなければ創出できないから、社会に対して要求事項が変わったかの印象を与えることが必要である。このような意図で発売される、実は社会には不必要な著作を、国内委員会の委員が執筆し、その名を冠して出版することは、出版社の商業主義に加担するものと見られてもしかたがない。 誇りある著者ならためらうのが普通と思われるような新版解説書が執筆、発刊される状況からは、両書の発刊が出版社の商業主義と著者の社会的責任感のぶれとの合作であることさえ疑われる。
このページの先頭へ H21.1.24(修: 2.2)

 67要求事項変更ない 2008年版へ“移行”とは? -思惑  
   ISO9001:2008を和訳したJISQ9101:2008が12月20日に発行された。これに伴い認証制度の元締めの日本適合性認定協会(JAB)は、文書「JISQ9001:2008発行に伴う認証の移行について」*1を発表し、ISO9001認証制度の中での新旧版の取扱いを説明している。これは、8/20のISO/IAF共同声明*2の中にある諸期限や開始点の起点をJIS版発行日の12月20日として明確にするものであり、趣旨は、既登録組織が2000年版審査で得た登録証を掲げることのできるのは、2010年12月19日までであり、組織はそれまでに2008年新版へ「認証の移行」が必要であるというものである。しかし、2008年版には「移行」という表現を用いず、「実施」を用いることが国際合意である。
   
   「移行」とは94年版から2000年版への切替えに用いられた表現である。2000年版は全業種業態の組織を対象とする汎用規格に性格を変え、条項構成を一から変えて多くの新要求事項が加えられた。事実上、新規格であるから、94年版適合の品質マネジメントシステムは一般にそのままでは2000年版に適合することにはならない。従って組織は、その品質マネジメントシステムを見直し調整して2000年版適合の品質マネジメントシステム に改める必要があり、このことを94年版から2000年版への移行(transition)と呼んだ。 登録証を継続して維持したい組織は、その品質マネジメントシステムを2000年版に適合するものに移行させた後に、登録証の有効期間内であっても定められた期限までに通常の認証審査とは別の「移行審査」を受けなければならず、移行審査によって組織の品質マネジメントシステムは新版への移行が認められた。
   
  2008年版は要求事項の点では2000年版と全く同じである。2000年版に適合する品質マネジメントシステムはそのままで2008年版に適合する。TC176の「ISO9001:2008 実施の手引き」*3では、2008年版での認証は“格上げ”ではなく、新旧両版の登録証の価値に差を付けてはならない旨明記されている。ISOも日本の国内委員会でさえ新版の意義を、明瞭化された要求事項の意図から解釈に誤解のあったことがわかった組織がそれを正すことであると述べている。認証制度の下では誤解して要求事項を適用しておれば2000年版適合の登録証を得られなかったはずだから、登録取得組織にはこれもあてはまらない。2008年版へは「移行」の必要も、その余地もないのが現実である。
 
  ISO*4とTC176*3はこの状況に鑑みて、2008年版への切替えに関するそれぞれの文書の中で「移行」ではなく「実施」という言葉を用いると宣言している。この「実施」の原文は“implementation”であるから、「公式に決められていたことを開始させる」ことの意味*5であり、この場合は「適用開始」と和訳するべき英語である。 すなわち、組織は2008年版規格書を購入して外部文書として管理している旧版と差替え、以降に必要があって参照する場合にこれを使うことになる。これが2008年版の「適用開始」である。組織が設定された期限内に2008年版で審査を受けて新しい登録証を得るためには、その品質マネジメントシステムを見直ししたり、変更する必要はなく、品質マニュアルなど諸文書に規格の版名が書いてあればそれを改めるだけで、審査を受ければよい。
 
  しかしこれでは、JABも何もすることはない。そこで、誤解している要求事項があるはずだからそれを変えなければならないということが強調される。これをJABは認証機関に対して用いて、2000年版を誤解し、また、2008年版を的確に理解していない組織に登録証を発行しているような場合は認定審査は淡々とは済まず、「認証機関のお考えなどについて時間をとってしっかり確認させていただくことになります」と凄味をきかせている*6。要求事項が変わっていないといって何も変えない組織に登録証を発行する認証機関は許されないとのJABの警告である。こうしてJABは、認証機関の認定審査に新たな要点を追加して、自身の裁量権をその分拡大し、認証機関への支配権を強化しようとしている。ここではJABは、2008年版を機に改めなければならない不適切な登録証を発行してきた認証機関があると言いながら、それを認定してきた自らの責任は棚上げしている。日本の認証制度はこんな理不尽が通ずるまでに縦社会である。この縦社会の秩序によって、規格や制度の規則が変わる毎に、その変化に関する解釈で縦社会の上位者ほど優位に立て、新たな権威と権限を得て縦社会の規律を強固にでき、同時に、経済利益を得る機会を手に入れることができる。JABは無頓着に「移行」という表現を使っているのではなく、それには訳がある。こんな見方というのは下司の勘繰か。
 
*1 日本適合性認定協会: JISQ9001:2008発行に伴う認証の移行について、2008.12.22
*2  IAF/ISO: Joint IAF-ISO communique, Implementation of accredited certification to ISO9001:228, 2008.8.20
*3  ISO/TC176: Implementation guidance for ISO9001:2008, N836, October 2008
*4  ISO: Advice for users on implementing ISO9001:2008, ISO Management Systems, Sep-Oct 2008,p.10-14
*5  Oxford University Press: Oxford Advanced Learner’s Dictionary
        to make something that has been officially decided start to happen or be used
*6  アイソス: ISO9001:2008追補 詳説 認定機関に聞く(取材先 中川梓氏)、アイソス、No.133, 2008.12月号、P.28-30,
このページの先頭へ H20.12.26

 66.ISO9001:2008、要求事項変更なくても システム見直しが必要?-矜持
    ISO9001の2008年版が今月15日に発行されることになった。2008年版は、公式には改訂版(revision)ではなく追補版(amendment)と呼ばれてきたように、要求事項の意図の明確化とISO14001との表現の整合化が改訂の中身である。要求事項に変更のないことは、2008年版の発行に関するISOやこの規格作成担当のTC176の説明の中で繰返し述べられている。例えば、2008年版発行後の2000年版登録証の取扱いに関する8月のIAF-ISO共同声明*1でも、「2008年版は如何なる新規な要求事項も含んでいない」と明言されている。規格作成作業に関して日本を代表する品質マネジメントシステム規格国内委員会*2も「今回の追補改訂作業は、ISO9001 の要求事項を追加するものでも、要求事項の意図を変更するものでもありません」と改訂の趣旨を説明する文書を8月に公表している。
 
   これらの説明は、現在の登録取得組織の品質マネジメントシステムは、2008年版にもそのままで適合するということを意味する。2000年版と2008年版の要求事項が同じである以上、2000年版の要求事項を満たすとして認証機関が認めた現在の品質マネジメントシステムが2008年版を満たさないという理由はないからである。従って2008年版発行に際して登録取得組織は、新しい規格書を購入し、品質マニュアルのISO9001:2000とかISO9000:2000という表記を、ISO9001:2008、ISO9000:2005と変更するだけでよい。
 
  しかし、現実にはそうはいかないのである。 例えば上記の国内委員会の説明では、2008年版により「規格の意図が明確になったことによって、ISO9001:2000 の本来の意図が正しく理解されていなかったことが判明した場合には、品質マネジメントシステムの運用等に関して見直しが必要となり、適切な対応が必要となる」のである。この説明が登録取得組織に向けられているとすれば、筋が通らない。組織は認証機関によって、その品質マネジメントシステムが2008年版と同じ2000年版の要求事項の意図を満たすものと判断された結果で登録証を取得している。もし、2008年版を機に組織が見直さなければならないところがあるとするならば、認証機関自身が規格の意図を誤って解釈して本来は不適合な品質マネジメントシステムなのに登録証を発行していたことになる。JABが認定する認証機関にはこのような認証機関はないはずであるから、国内委員会の上記の言い分は登録取得組織には通じない。 ただし、規格の使用には認証が必須ではないから、認証を受けないでその品質マネジメントシステムを規格に適合させ、運用している組織もあってよい。国内委員会の上記の説明がこのような組織向けであるとすると問題はない。
 
   ところが認証機関もこぞってそれぞれに改訂説明会を開いている。多くの認証機関はこの中で、「これまでこうだった組織は…..」と、2008年版で明瞭になった意図に沿った、また、要求事項の記述変更に準じた品質マネジメントシステムの見直しと品質マニュアルの記述変更を求めている。これは筋が通らない話である。 第一に、これでは、社会に対してこれまでの登録証に欠陥があったということを言っているようなものである。 更に、2000版のわかりにくい表現のために組織が要求事項の解釈を誤っていたというのなら、認証機関自身もその誤解に基づく要求事項不適合な品質マネジメントシステムを適合として認めてきた責任がるからである。 認証審査は組織の品質マネジメントシステムの規格適合性を判定する有料のサービスであるから、そのサービス に欠陥があったなら相応の対応をとる、これは事業取引の原則である。そういうことではなかったというのであれば、説明会で不必要なことを登録取得組織に要求していることになる。顧客に迷惑をかけないというのが事業を行なう最低の規範であり、ISO9001の顧客満足の基本でもある。
 
  認証機関が社会の味方を標榜して登録取得組織を顧客扱いしないばかりか、JABの尻馬に乗って登録取得組織を思うように扱うことができるという錯覚に酔いしれている姿は情けない。誇りある事業者としての認証機関であれば、要求事項が変わっていない2008年版の発行に際して「JABが見直しの必要に言及しているが、当認証機関では適切な認証サービスを提供してきたので、登録取得組織には見直しも品質マネジメントシステムの変更も必要はない」と、登録取得組織の困惑を解き、社会に登録証の継続的な信頼性を訴えるべきであろう。登録証の見掛けの価値に差がなく、料金以外に競争の余地が少ない認証業界であるが故に、このような認証機関が出てくれば認証市場で一挙に他機関を圧倒することができるだろう。
 
*1 Joint IAF-ISO communique, Implementation of accredited certification to ISO9001:228, 2008.8.20
*2 品質マネジメントシステム国内委員会: ISO9001の2008年改訂について、H20.8
このページの先頭へ H20.11.16(改 12.28)

 62.  救世主になれそうもないISO9001の2008年改訂(追補)版  -無節操
    ISO9001の改訂作業は、実質的に最終段階であるDIS版に達し、今年10月には発行される見込みとなっている。この改訂作業については、ISO規格の見直し規則に則ってとは言っても、2000年版への以降のまだ終わっていない2003年10月にその議論が始まった。時期尚早の意見も強い中、2012年のISO14001との同時改訂を念頭において、最低限の改訂のAmendment(追補版)を2008年に発行するということで、翌年から作業が始められた。途中でISO14001との整合化の議論も2012年のISO14001との同時改訂の話も消滅し、逆にISO9001の改訂範囲拡大の論議が再燃するなど曲折があったが、意図の明瞭化、翻訳性の改善、ISO14001との互換性の改善に限定するという当初改訂方針の通りに、改訂作業が進められてきた。DIS版は通例なら内容はあまり変わらずに今後、FDIS版を経て改訂規格として発行される。
 
  規格改訂は品質マニュアルの改訂作業など基本的に登録取得組織に負担を強いる。2008年改訂への当初強かった慎重論が覆されたのは、それを上回る改訂の必要が認識されたからであろう。改訂の狙いが意図の明瞭化に置かれていることからすると、条文の誤った受けとめが規格運用の効果を妨げていると思われる事情が各国にもあるのだろう。日本では、規格導入の効用に関する登録取得組織の不満や不祥事による登録証への社会の不信が爆発寸前の状況にあり、この根幹には業界ぐるみの上意下達の誤った規格理解と解釈がある。もし2008年改訂に意味を見出すなら、このような恣意的で無原則な条文解釈が許されなくなる明瞭な条文記述に改善されることである。これにより規格運用と登録制度の問題が解消されるなら、規格改訂で生じる組織の負担は十二分に報われる。
 
  さて、公表されたDIS版では、改訂箇所は規格の全51条項の内の24条項に及び、66件の記述の変更があるから、とても小改訂とは言えない。これを分析すると、単なる表現の変更が34件あり、目的が意図の明瞭化にあると認められる記述の変更は32件と半数である。後者でも、確かに現行の表現に不備があり誤解を招かない適切な表現に改められたと考えられる記述の変更は11件のみであり、他の17件の変更には格別の必要は見出せない。問題は残りの4件であり、記述の変更により本来の意図が変更されているから、規格改訂方針に実質的に背いている。しかも、変更は、「監視測定の手段(device)」を「監視測定機器(equipment)」に限定し(7.5.1,7.6)、「作業環境」から人的作業環境を除外し(6.4)、検査合格の証拠の記録は管理しなくてもよい(8.2.4)とするものであり、およそ組織の業務の必要や経営管理の常識を無視した変更である。これらは2000年版が立脚する論理に悖り、効果的な マネジメント の手本としての規格の有用性を毀損する誤った変更と言わざるを得ない。最低限の改訂に留めるという方針を掲げながら半数の条項で合計66件もの変更が行なわれ、しかも有用な記述変更はわずか11件に過ぎない。DIS版が4年もの歳月を掛けて議論を積み上げた結果であるとすれば、如何にも乏しい内容であり、4件の誤った変更と言い、伝えられる改訂作業の曲折や議事の紛糾などと合わせて、この度の改訂作業が規格作成関係者による変更のための変更の議論に動かされていたことを推察させる。
 
   そこで、変更の意味があると考えられる11件であるが、現行版のJIS和訳が変更後の英文に意訳していたので影響がない1件を除くといずれも、日本で誤って受けとめられている要求事項に関係している。すなわち、プロセスの監視測定方法はプロセスの重要性に応じたものでよい(8.2.3)、内部監査の不適合は必要な場合に是正処置をとればよい(8.2.4)ことが明瞭になり、「リリース」が製品の出荷であり次工程送りの意味は含まれない(7.5.1,8.2.4)ことも明瞭になり、現行の余計な形式的業務をとりやめさせるという意味で特に効果的な記述変更である。「必要な力量」の意味を再確認させ、必要な職務遂行力充足のPDCAサイクルの必要を明瞭にした記述変更(6.2.1, 6.2.2 b),c))は、現場要員の業務能力の開発の教育訓練の形式との受けとめの誤りに気付かせるという意味で役に立つ。また、顧客満足の監視の意味の明瞭化(8.2.1)、及び、アウトソースしたプロセスの管理の意味の明瞭化(4.1)も、多くの組織の現実の問題を改善するための道を示すものとして有用である。更に、顧客の個人情報の管理の重要性の指摘(7.5.4)も時宜を得たものと考えることができる。
 
  全体として必要が疑われかねない2008年改訂であるが、日本では特に、登録取得組織には大なり小なり品質マニュアルの記述の変更が必要となるだけで、何の実務上の利益ももたらさないと思われる。なぜなら、 DIS版要点解説は、どの記述変更も単なる表現の変更としかとらえておらず、多少とも効果の出る可能性をもつ11件の変更についても、変更の意義をほとんど何も真っ当に取り上げていない。日本ではこの要点解説が権威をもって認証業界を支配することになるから、折角のわずかな改訂さえも活かされることはなさそうである。その上に、現状の誤解をむしろ許容する改訂が含まれており、更にJIS仮訳には測定機器の校正の識別の表示が必要になる(7.6)というおまけまでついている。 2008年改訂が日本のISO9001規格と認証制度を巡る深刻な問題の解決の救世主になる可能性はまずないであろう。
このページの先頭へ H20.3.4(修 3.6)

 57.  “要求”か“必要”で大違いの規格取組みと成果
                -五度、“要求事項”の問題点を論じる  
<“要求”か“必要”か>
  ISO9001/14001の規定は日本では、“規格の要求”である。 これはJISが規格の標題や規定にあるrequirement を「要求事項」と和訳したことに関係していると思われるから、この解釈は英語圏ではあり得ない。なぜなら、requirement は、必要条件、必要事項の意味であり、ISO9000の定義でも「ニーズ又は期待」である。即ち、規定は “要求”ではなく“必要”なのである。
 
<“要求”と“必要”で異なる規格取組み>
規格が「・・すること」ということを行うのだから、“必要”でも“要求”だからでも変わりはないとも言えないことはない。しかし現実には、“要求”と“必要”とでは規格取り組みを決定的に異なったものする。これを、同一事項にもかかわらずISO9001とISO14001とで規定の表現が大きく異なる4つ条項を取り上げて検討したい。
 
(1) 計測機器の管理
  ISO9001(7.6項)では計測器管理の規定はJIS規格書で17行にもわたるほどに詳細だが、ISO14001(4.5.1項)では「校正又は検証された監視及び測定機器が使用され、維持されていることを確実に・・すること」と一言である。“要求”であるからISO9001の登録審査では、校正の基準の計量標準、校正有効期限の標識、保管状態の他、校正不合格の場合の過去の測定結果の評価や処置の実績まで詳細に確認されるが、ISO14001では大抵は校正管理台帳の記録があれば良しとされる。ISO9001の規定は測定値が正当で必要な精度で得るための計測器管理の必要条件を示しているが、ISO14001の測定値はどうでもよいということはない。法令で報告義務がある測定値に係わる計測器が校正で異常と判定された場合に当該測定器を取替えるだけでは虚偽報告の罪に問われることもあり得る。ISO14001ではそこまでは“要求”されていなくとも、それも“必要”なのである。
 
(2) 外注の管理
  業務を外注した場合、供給者の業務実行や組織が受取る製品は必ず組織の必要を満たしていなければならず、或いは、組織の必要や許容範囲を逸脱しては困る。これを確実にするISO9001(7.4項)の規定は、3つの亜条項、JIS規格書18行に及ぶが、ISO14001(4.9項)では「著しい環境側面に関する・・・手順及び要求事項を伝達すること」とこれも一言である。要求の明確化と文書による伝達、受入れ検証、供給者の業務能力の管理などのISO9001の詳細な規定は、供給者に確実に要求を満たさせるためにはこれが必要であるということを示している。ISO9001の登録審査ではこれらの実施を“要求”として詳細に確認されるが、「伝達」が“要求”であるISO14001では供給者への要求の一覧表の確認程度で済まされる。しかし、例えば深刻な公害の原因となる工程を外注した場合、供給者の不始末による法規制違反や発生させた公害に対して社会は組織を免責しないから、実際には“伝達しました”では済まされない。ISO14001ではそこまでは“要求”されていないが、組織はISO9001の規定を参考にして「伝達」したことが確実に順守されるように供給者を管理することが“必要”である。
 
(3) 法令順守
  ISO14001は条項「法的及びその他の要求事項」を設けて(4.3.2項)、組織の製品・サービスと業務に適用される法令を特定し、必要な時に参照できるようにし、それらをどのように適用するかを決定する手順を確立し実行するよう規定し、更に、これらの法令の順守を確実にするための「順守評価」(4.5.2項)とそのトップマネジメントによる確認 (4.6項)を規定している。法令順守の大切さは同じなのにISO9001では「製品要求事項の明確化」(7.2.1項)の中に「製品に関連する法令・規制要求事項を明確にすること」を記述するだけである。登録審査でもISO14001では、関係する法令と条文を記した一覧表を提示させ、抜けがないか、法改正が反映されているか、どのように適用され、実際に順守されているかが確認されるが、ISO9001では品質マニュアルに現在適用されている法令が記述されていればそれ以上は聞かれない。しかし、取組み組織が法令違反をして顧客の離反や行政、刑事罰を被るのを避けたいなら、ISO9001では“要求”されていなくともISO14001並みの手順が“必要”である。
 
< 結論 >
  規格の規定requirementを“要求”と受けとめるか“必要”と受けとめるかで、規格の解釈が本質的に異なり、規格取組みとその成果に決定的な相違をもたらす。“要求”と受けとめ、規格の文面を追うだけの規格解釈で、書かれてあることだけ行うという規格取組みでも、登録証を得ることはできる。“必要”と受けとめ、規格の規定の意図や趣旨を斟酌する規格解釈で、書かれてなかろうが必要なことを行うという規格取組みでは、規格の狙いである顧客満足の向上ないし地球環境保全責任の全うを実現し、事業を発展させることができる。ISO9001,14001に限らずISOマネジメントシステム規格はいずれも、組織がそれぞれの観点で不祥事を出さず、顧客や利害関係者のニーズと期待に応えるための当該分野の世界最新の論理を示すものである。日本ではISOマネジメントシステム規格についての社会の不信に加えて、少なからずの組織がその効用に疑問を抱いている。しかし、これは規格の性格と目的への無理解から規格解釈を誤り、誤った規格取組みをしているからであって、規格の論理が誤っているからではない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-57>

 46. プール事故死対応に見られる規格観の日米差異
<ふじみ野市プールでの事故死>
  去る7月31日の埼玉県ふじみ野市の市営プールでの小学生の事故死は全国のプールの安全対策の問題を浮かび上がらせた。報道によると、業界には共通の安全基準は存在せず、プールの安全は文部科学省の学校プールの整備指針、国土交通省の公園内のプールの技術基準と通達及び厚生労働省のプール安全対策の通達に依存してきた。8月30日には関係省庁連絡会議が開かれ、民間を含めたすべてのプールについて安全対策の統一的な指針をまとめることとなった。
 
<米国のプール安全基準>
  規格大国の米国では米国温浴槽及びプール協会*(NSPI又はAPSP)が、公共及び個人の温浴槽とプール、温水プールに関して7種類の規格を作成し、米国国家規格*(ANS規格)として発行されている。同協会の活動目的のひとつが「プールの健康、安全、公共福祉に関連する標準(standard)の確立」であるから、米国ではこの規格が安全確保の統一的な施策や基準として機能してきたものと思われる。
 
<プール安全確保の法制定>
  折しも米国ではプールの安全を図る法案「プール及び温浴槽安全法*」が上下院で審議されている。この背景はわからないが、法案は連邦政府の商品安全局*(CPSC)が安全基準(safety standard)を定め、これを州政府が適用するのに補助金を支給するというものであり、安全基準はCPSCが独自に制定しても、既存の規格*(standard)を適用してもよい。APSPは、この法制化に協力する旨の声明を発表しているが、この中で、新しい安全基準が既存のAPSPの規格を基礎とすべきであり、効果的な安全確保には民間の智恵と柔軟な対応力を活用するのが得策という主張を展開している。
 
<米国の規格事情>
  1996年時点で規格作成を事業範囲とする組織は約700あり、93,000の規格が存在し、その半数の49,000が民間規格である。2003年末の米国国家規格協会*(ANSI)認定の規格作成機関は約200、この半数が特定規格作成のための共同作業組織である。米国国家規格*(ANS)の和は約10,000である。米国では国家技術転移及び技術振興法(NTTAA)*により連邦政府が民間の自発的な規格(voluntary consensus standards)を活用することを奨励されている。ANSIの承認した米国国家規格*(ANS)はすべてNTTAAが規定する条件を満たしているから、いつでも政府に採用されて規制の基準又は指導の指針となり得る。
 
<ISO9001と審査登録制度>
  米国での規格の制定と利用は、民間の自主性と活力及び官に対する独立性、また、民間の自律的進歩を促し活用するという官の政策の象徴である。ISO9001と審査登録制度も、このような欧米の規格観と官民風土の下に成立した国際貿易の促進を図る民間の取組みであり、取引の拡大という民間組織の利益が目的である。然るに日本では、通産省の審議会たる日本工業標準調査会がISOに加盟し、国内では審査登録制度の運営を管理している。業界指導層も制度を「社会制度」であるとして規格を組織を管理、規制する手段に転化し、民の利益を擁護するはずの日本適合性認定協会もこれに追従する。永年の規制緩和の政治課題の進捗が遅々とするのは、官の抵抗より民の官頼みの意識に原因があるのではないだろうか。
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 44. 環境影響とは    -不可解な日本語
               「全体的に又は部分的に組織から生じる環境に対するあらゆる変化」
(JISQ14001 3.7)I
   ISO14001は、組織の活動と製品・サービスがもたらす「環境影響」を管理し継続的に改善する環境マネジメントの規格である。 この「環境影響」とは、「有害か有益かを問わず、全体的に又は部分的に組織の環境側面から生じる、環境に対するあらゆる変化」(3.7項)と定義されている。この日本語では、環境影響とは「組織の環境側面」が原因となって「環境に対して何かが変化する」ことである。また、この何かはいろいろに変化するらしいことはわかるが、この変化が別の何かの「全体的に又は部分的」に生じるらしいとなると、この「何か」が何かわからない。
 
   この不可解な日本語は、この定義の英原文の中のそれぞれの英語表現の理解の誤りに起因する。まず「環境に対する変化」であるが、原英文は changes to the environment である。 change to ~は change in ~ と共に「~が違ったものになる行為や結果」を意味する。例えば changes to the tax system は、「税制の改正」であるから、原英文は「環境に対して何かが変化する」のでなく「環境が変化する」のである。すなわち、「環境に対する変化」でなく「環境の変化」である。環境変化を「環境影響」と言うのであるから、ごく当たり前の定義である。
 
   次に「全体的に又は部分的に生じる」であるが、この原英文は、wholly or partially resulting from~ である。ここに resulting from ~ は、「~の故に生じる、~に起因する」の意味である。そして副詞 wholly or partiallyは、動詞 resulting from ~を修飾するから、生じた結果の「全部か一部か」が 「~に起因する」という意味である。この場合、結果は「環境変化」であり、原因は「組織の環境側面」である。変化の「全部」が組織の環境側面に起因する場合だけでなく、当該の環境変化に別の原因もあり、変化に対する組織の環境側面の寄与が「一部」に過ぎない場合でも、というのが or であり、そのどちらの変化もというのが「あらゆる変化(any changes)」の any である。例えば、水俣湾の有機水銀汚染は特定企業の排水の結果による海洋汚染であるから前者、地球温暖化は世界の多くの企業の炭酸ガス排出の総合的結果であるから後者、のそれぞれの環境変化である。規格ではどちらも組織起因の「環境影響」として扱わなければならないということである。
 
   すなわち、「環境影響」とは、組織の環境側面に起因する環境変化であり、その環境変化に対する組織の寄与の大小を問わないということである。別にむずかしい問題ではない。不可解な日本語和訳が難しく見せているだけである。
 
   因みに「環境側面」の定義も不可解な日本語である。すなわちJISは、「環境と相互に作用する可能性のある、組織の活動又は製品又はサービスの要素」(3.6項)と和訳しているから、「組織をとりまくもの*」(3.5項)である「環境」が組織の活動や製品と「相互に作用する」ということである。この事例では interact with the environment を単純に「相互に作用する」と和訳しているのである。しかし、上記の定義でも明らかなように「環境側面と環境影響の関係は一種の原因と結果である*」(A.3.1項)し、現実に組織が環境側面を通じて一方的に環境に作用するのである。すなわち、「環境に係わり合いをもつ組織の活動又は製品又はサービスの要素」が環境側面である。
 
   そもそも規格は特殊な用語を使用するものではない。用語の定義があっても、その用語の一般的意味を超越するものではなく、規格における特徴や重要視する面を強調するに過ぎない。ISO14001でも世間でも、環境影響とは「何かがもたらす環境変化」のことであり、定義は環境変化が組織の原因である限り、その寄与の大小にかかわらず組織に責任があるということを強調しているのである。ISO14001において最も基本的な概念である「環境影響」なのに、「全体的に又は部分的に組織の活動、製品・サービスから生じる環境に対するあらゆる変化」と定義され、訳のわからないまま「環境影響」というものに組織が取組んでいる。これに関して規格作成関係者を初めとする業界権威やいわゆる識者から明快な説明も問題提起もない。この定義でわかったつもりなのであろう。
 
   JISQ14001/9001にはこの種の不可解な、あるいは違和感のある日本語表現が少なくない。大半は英文法を適切に適用していないことが原因であるが、規格の意図に則って翻訳する姿勢があれば避けられたはずの不適切和訳である。日本ではISO14001,9001規格は審査登録のための「要求」であり、業界権威や識者による“神の啓示”的規格解釈にひれ伏す業界風土が固まっている。ここでは、規格の文言はどうでもよいのであり、むしろ意味不明が故に難解に見える日本語の方が、業界権威の規格解釈がよりありがたく受け取られる。「寄与度の大小にかかわらず組織の活動、製品・サービスに起因するすべての環境変化」が環境影響だと種明かしをして、「何だそんなことか」と規格が何も特別なことを言っている訳でないことが一般に知られても、規格の権威が低下することはないけれど、業界秩序には大きな影響が生じる可能性は強い。   
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 43. マネジメントシステムにはトップマネジメントの関与が大切か? -片仮名英語の弊害  
<規格理解の混乱>
   ISO9001/14001マネジメントシステムの効果的な構築と運用にはトップマネジメントの関与が不可欠だと言われ、ISO9001:2000では トップマネジメントの責任と役割が拡大、強化されたとも言わる。これら表現にはひっかりを覚えるが、理屈から言っておかしい。本来何でもないのに日本では混乱している問題の背景に片仮名英語がある。
   
   例えば、日本では「マネジメントシステム」について何のことか理解に苦しみ、更には規格特有の概念であるかの錯覚をしている人々も少なくない。 解説書でも、マネジメントシステムを規格の3つ定義をつなぎ合わせて「組織を指揮し、管理するための方針及び目標を定め、その目標を達成するための相互に関連する又は相互に作用する要素の集まり」と説明され、マネジメントシステムを特別な環境又は品質改善の運動を意味する固有名詞かの説明さえある。
 
<経営管理>
   「マネジメント」の原英語は management と言う経営用語である。これは、日本でも馴染みのある概念で、経営学では「管理」と和訳され、企業でも財務管理、技術管理など「管理」を当てて実行してきた。世間一般では組織全体の活動を取り仕切ることを「経営」、その人々(top management)を「経営層」、その命令により各部門内の活動を取り仕切ることを「管理」、部門の長(middle management)を「管理者」と呼んでいる。一方、経営学では経営と管理の区分にこだわらない方向で「経営管理」と呼ぶようにもなっている。「経営管理」と言う言葉で、規格の management の定義の「組織を方向づけし(direct)、制御する(control)統一性のある(coordinated)活動*」を読むと合点がいく。「マネジメント」という新語だから何か新しい活動かの錯覚を生む。
 
<体系>
   「マネジメント」に加えて「システム」が混乱に拍車をかけている。これは「体系」のことであるから、「マネジメントシステム」は「経営管理の体系」と訳される。「体系」とは「そのものを構成する各部分を系統的に統一した全体」であり、規格の system の定義の「相互に関連づけられ又は作用し合う一連の要素*」であるからぴったりの訳である。定義づけると難解だが、「体系的」は物事がバラバラではなく組織的、統一的であることを表すのによく用いられる。例えば、乗継ぎ駅、ダイヤ調整、相互乗入れが整備された時に交通機関の集まりは、それぞれの交通機関を要素とする地域交通体系となる。
   
   JISが「一連のプロセスをシステムとして・・」と和訳している プロセスアプローチの定義の部分の原文は「a system of processes(諸プロセスのシステム)」であるから、マネジメントシステムは「諸業務の体系」である。「業務」が マネジメントシステムの要素である。規格の マネジメントシステムの定義はその要素として組織構造、手順、プロセス、計画活動、責任、方法、資源を例示しているが、それらに則り又は使用するのが「業務」であるから、要素を業務と見ることと矛盾しない。
 
<経営管理業務体系>
   マネジメントシステムとは「経営管理の業務の体系」のことである。品質マネジメントシステムは「品質経営管理業務体系」、環境マネジメントシステムは「環境経営管理業務体系」である。規格の品質又は環境に関する経営管理においては、関係する諸業務がばらばらに行われるのでなく、組織の目標達成を目指す トップマネジメントの意図に沿って他部門の業務との連携の下に各部門の諸業務が統一的、組織的に行われるようにすることが基本であり、このように実行される経営管理の諸業務の体系が規格の マネジメントシステムである。表現するには難しい概念ではあるが、だからこそ何の意味も含蓄しない片仮名英語より、日常で馴染みがあり、それ相当の意味を持つ日本語を使用する方が、理解を容易にし、混乱を招く恐れも少ない。
 
<片仮名英語の弊害>
   「トップマネジメント」の原英語は top management であり、最高の立場で組織全体の経営管理を担う人々のことである。日本語では「経営層」、新聞等では「経営トップ」と呼ばれる。経営管理業務体系の確立や運用は経営層本来の業務であり、責任であるから、「関与」では経営層の責任を果たしていない。また、経営層に固有の責任が規格作成者によって変えられるはずがないのである。マネジメントシステムが「経営管理業務体系」と和訳されていれば、冒頭のようなおかしな話は生まれなかったと思う。
 
<片仮名英語採用の真意>
   日本語でmanagement は「管理」であったが、戦後にquality control が「品質管理」と名付けられ、こちらの方が有名になった。 control は狙いに的中させるための制御であり、management はその狙いの適切さを管理することであるが、日本では2種類の「管理」が存在してきた。このような状況でISO14001:1996のJIS和訳に「マネジメント」が採用され、ISO9001:2000でも「マネジメント」となった。controlの「管理」との区別のためやむを得なかったのかもしれないが、片仮名英語尊重の世上への迎合か、はたまた規格理解への自信のなさの故か、識者と目される人々の心底にある欧米文化としてのISO規格への抵抗感の一方での、この片仮名英語の採用の真意がわからない。
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 42. 日米で食い違うISO14001:2004 改訂の背景説明 -どちらが本当か?
<条文の変更の説明>
   ISO14001の2004年版で、規格4.3.1項の環境側面に関してJIS和訳が「組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる環境側面」から「組織が管理できる環境側面及び影響を及ぼすことができる環境側面」に変更になった。これに関する日米両国国内委員会の説明が肝心な点で食い違っている。
 
<日本国内委員会の説明>
  日本の国内委員会は旧版条文では「管理できる側面の中の、影響を及ぼすことができる側面」という誤解を生じ易かったことが理由で、実際に米国やカナダは国としてそのように誤解し、これを正す条文変更にも強硬に反対したと説明している。その妥協の結果が4.1項への「組織はどのようにこれら要求事項を満たすかを決定する」の挿入だとのことである。
 
<米国国内委員会の説明>
  一方、米国の国内委員会(U.S.TAG)は、「環境側面の決定に組織外の誰かの見解の考慮が必要」と誤解される心配があり、「決定するのは組織」であることを明確にするのが変更の意図だと説明している。つまり、誤解は「影響力を及ぼすこと」が、 it can be expected to…(期待され得る)という英語にあり、これをすっきりと it can…(できる)と変更したということであろう。 U.S.TAGは、日本国内委員会の指摘する誤解をしていたとも、条文変更に反対したとも言っていない。
 
<英語条文とJIS和訳>
   この条文の原英語は、旧版では the environmental aspects that it can control and over which it can be expected to have an influence であり、新版は the environmental aspects that it can control and those that it can influence である。旧版のJISは and を「かつ」と和訳し、have an influence に「影響が生じる」という奇妙な日本語を当てたが、後に「管理出来る側面と影響力を行使できる側面」との解釈が定められ、今度は「管理でき、かつ、影響を及ぼすことができる」と読むことが出来ると言う。いずれも条文の日本語とは全く関連のない読み方と思えるのだが。
 
<条文解釈の誤解>
   旧版の英語を素直に読めば「管理できる」と「影響力を及ぼす」の2種類の環境側面になるから、日本国内委員会が懸念する誤解はJIS和訳の日本文に原因がある。この誤解は英語圏では生まれず、実際にU.S.TAGは旧版について「…over which it has influence and control(影響力を持つ及び管理できる・・・)」の両方の側面を明確にしなければならないと説明していた。一方、U.S.TAGの懸念する誤解は日本にはないが、英語表現上あり得る解釈である。
 
<改訂作業の真実>
   TC207の改訂作業議論で米国がどちらの誤解を提起し、どの修正に反対したのか、密室の議論なので検証できない。委員には国を代表して主張を規格に採用させることを役割とする意識があるから、自分に不都合なことは国内では言いたくなく、国内向け説明に相違の出る余地はありそうである。しかしなぜに事実説明がこんなにも異なり得るのかの疑問は残る。意識的なら規格使用者の利益を代表する委員としての資質が問われることになるが、両国国内委員会の説明が公正で倫理に則るものであることを信じたい。
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 37. 内部監査は”経営に役立つ”のか-もうひとつの空理空論?  
   ISO9001/14001マネジメントシステムに関して内部監査の重要性が強調されることが多い。最近では「経営に役立つ」内部監査まで説かれている。しかし、これらには内部監査の本質と規格の意図についての考察がそっくり欠けている。
 
   監査はISOマネジメントシステムに特有の活動でない。監査の起源はローマ帝国時代に遡ると言われ、不正の発見を基本として発展し今日では組織運営における重要な監視機能となっている。監査は「他人を信頼して一定の業務を委ねた者(委任者)の要請に基づいて、第三者(監査人)がその他人(受任者)の行動又は成果を調査、検討し、結果についての自らの意見を委任者に表明する一連の手続き」と定義される活動である。
 
   マネジメントとは、経営の目的の達成のためトップマネジメントが各管理層に責任と権限を委ねてこれを指揮して組織の諸業務を方向づけ、制御する活動である。そのシステムとは、諸業務が一定の決め事の下に関連し合いながら行われている状態を意味している。監査の定義に照らすと諸業務の委任者はトップマネジメント、受任者は各管理層であり、マネジメントシステムの内部監査は、トップマネジメントの委ねた諸業務がその意図である決め事の通りに行われて、狙いを達成しているかどうかを内部監査員に調査させ、どうだったかの報告を受けるという、組織の内部統制のための監視活動である。
 
   これを日本内部監査協会は、マネジメントの諸活動の遂行状況を検討、評価し、これに基づいて意見を述べ、助言・勧告を行うために、マネジメントシステムの確立、事業活動の効率性、人々の規律と士気の状況に関して検討、評価することと説明している。
 
   規格では監査は「監査基準が満たされている程度を判定する*」活動であり、内部監査の監査基準は、組織のマネジメントシステムの要求事項、或いは、「計画された取決め事項」である。この「計画された取決め事項」とは実務上は決め事に基づくマネジメントの諸業務のことである。規格は監査結果をマネジメントレビューに供するよう規定して、依頼者がトップマネジメントだと明確にしている。規格の内部監査もトップマネジメントによる監視活動であり、規格では製品の検査、試験や環境パフォーマンスの計測、化学分析と同種の活動である。
 
   監査の結果の監査所見は監査基準に対して適合又は不適合のいずれかだけである。一方規格は「改善の機会を特定することが出来る」とも規定し、内部監査協会も「必要に応じて改善策を助言、勧告する」と改善の提案を内部監査の機能に含めている。しかし監査員が特定するのは、マネジメントシステムの決め事或いはトップマネジメントの各管理層への指示、期待という監査の基準に照らして、それへの適合性を高める観点での対象部門の業務実行上の改善の余地のことである。
 
   マネジメントシステムの改善はトップマネジメントの責任である。規格はこのために、トップマネジメントがマネジメントレビューを行って、種々の情報を総合的に体系的に検討、評価し必要な改善の決定を行うべきことを規定している。内部監査結果はこれに使用する監視測定情報のひとつに過ぎない
 
   ISOマネジメントシステムの内部監査は、事業組織で定着している一般の内部監査と同じく、内部統制のための組織内の業務実行状況の監視機能である。その手順は内部統制の監視機能として定められているから、「経営に役立つ」などこれと異なる機能や結果を期待しても意味がない。このような内部監査の実行を求める主張には根拠がなく実現の筋道が見えず、必要性の説明もないから空論の誹りを免れない。日本では空論も権威者が唱えると無批判に受入れられる。「経営に役立つ」内部監査は規格が機能していないとの問題意識に対応して唱えられ始めたが、機能しない理由である規格と登録制度に関する空疎な論理と実行の上にまた新たな空論が積み重ねられ、新たな無駄の実行が組織に課されている。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-37>

 34. 規格は要求しない  
    日本では「規格の要求は○○である」という規格解釈が普通である。「旧版では○○を要求していたが、改定版では△△を要求することになった」式の解説があり、JABまでもが「規格が**顧客に代わって企業などに要求している」と説明している。
 
   これはrequirement の和訳「要求事項」に起因する誤解であるが、日本人一般の「規格」感にも関係があるようだ。規格の「規」「格」共に「おきて、きまり」を意味する漢字で、「規格」は辞書で「定め、標準」である。「規格」には法律と同様にお上が定めた規制或いは従わなければならない掟であるとの響きがある。一方、欧米語の「規格」には、掟とか遵守を強制されるというような意味あいは希薄である。例えば英語で「規格」は standardで、これは「水準、平均的な」というような意味である。
 
   規格は仕様の統一による製品間の互換性を高めるが目的である。規格が今日、国際化のうねりの中にあるのは、「世界各国**に共通の仕様で、製品、サービスの提供を可能にする」ためである。 国際規格の重要性を説く欧米の論調では、
 
● 規格はその分野の欠くことのできない知識を記述している
● 国際規格は他国で造られた製品やその工程について消費者に情報を伝える
● 先進国が途上国に**規格を通じて技術問題の解決を提供できる
● 規格化により最新情報が公開される結果**、技術革新が促進される
 
などと、規格の知識情報媒体としての意義が強調されているのが目につき、規格を知識や情報の国際的な伝達手段として活用せんとする想いがよくわかる。強制されると言う被害者意識も強制するという権威主義も全くない。
   
   ISO規格が初めから強制を意図して作成されていないことは、規格作成に関するISO指令に「規格**はそれ自身、誰にもその遵守を強制するものではない」と記されていることから明白である。 「規格の要求」式解釈は規格作成者の意図ではないのである。ただし、同指令は「例えば法律や契約によって遵守が強制されることにもなることがあり得る」と、規格が強制とか遵守すべき規制になるという場合も想定している。 ISO9001/14001の登録制度はこの例である。 この場合は、組織は規格のprovision(規定)たる「要求事項」を満たさなければならない。つまり、組織には「要求事項への適合」が「要求」されることになる。例えば、組織が顧客との取引条件として登録取得を図るような場合、顧客は組織が規格の要求事項、つまり、規格の定める要件を満たすことを要求するという図式である。 「要求事項への適合の要求」と、「規格が顧客に代わって要求する」とか、規格の規定を「規格の要求」と言うのとは全く違う論理である。
 
   欧米では規格を自らの利益のために活用すべきものと捉え、日本では遵守を強制されるものと受け止められがちなのは、用語の違いの影響が大きいように思われる。「規格」という言葉の表面的印象にとらわれず、仕様の共通化による産業発展が目的という規格の本質に立ち返えれば、requirement を「要求事項」と翻訳する愚は避けられたし、「規格の要求」という誤った規格理解もなくなるのは間違いない。
(註) 文献引用の**印は、文意の明確化のため文献の意図を変えないで表現を変えた。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-34>

28. 「いいとこ取り」のEMS      -いつでも組織は悪者-  
   ISO14001改定の要点として、「活動、製品又はサービス」の及びへの変更が大きくとり上げられ、本業に係わる重要な環境側面を除外した取組みでの登録取得の阻止が狙いと説明されている。旧版の又はが悪用されて、環境側面の特定時に「いいとこ取り」を行う組織があったとのことで、「紙、ごみ、電気中心のEMS」などへの登録証発行が数少なくないことが示唆されている。説明は、規格の抜け穴を探す不届きな組織が多かったが、もう許さないぞという組織に対する非難と警告を含蓄している。  
   
   「いいとこ取り」の登録取得はゆゆしきことである。組織が日頃社会に及ぼしている環境悪影響を放置したままで、一方で登録証を掲げ環境改善に精一杯の努力をしていると偽って社会や利害関係者からの恩恵に与っているからである。これが審査に合格してきたのなら、持続的発展の枠組みとしての規格や審査登録制度に対する社会的信頼は地に落ちかねない。
   
   「いいとこ取り」許さずの説明は、「いいとこ取り」が組織の悪智恵であると断ずる一方で、旧版の規格解釈上はこれを認めざるを得なかったと暗に言い訳をしている。しかし、TC207の音頭で実施された規格解釈の整理の日本版であるISO14001解釈委員会報告(2000年)では、とり上げられた3件の中に又はや「いいとこ取り」は含まれていない。JABはISO14001と審査登録制度の普及を目指して問題点を討議するシンポジウムと公開討論会を毎年開催しているが、ここでも「いいとこ取り」が正面から問題視された形跡はない。更に規格の理解やマネジメントシステム運用に関する種々の問題がとり上げ、解説を掲載する各種のISO専門誌において関係者が、「いいとこ取り」をとり上げ警鐘を鳴らし或いはこれを是認せざるを得ない事情について苦しい胸の内を吐露した形跡を確認することができない。
   
   関係者の問題意識にありながら組織の悪智恵を阻止できずに「いいとこ取り」が存在したということは事実として確認できないのである。日本のISO取組みにおいては一握りの関係者が規格解釈を独占し、識者、審査員、コンサルタントと順送りに解釈が引き継がれて、規格導入組織自体はこれを唯々諾々と受け入れてきた。組織が規格の文言の抜け穴を自ら探し出して「いいとこ取り」をして、その上で審査員の問題指摘を押し返してその解釈を貫いて登録証を得るというようなことは考えられない。「いいとこ取り」は日本の規格解釈と制度運用の秩序の中で認められてきたものと考えるのが自然である。
 
   登録取得組織の不祥事によってISO規格の枠組みの有用性への社会的信頼は既に大いに揺らいでいる。「いいとこ取り」への登録証発行が事実と確認されれば、例え組織が悪いとしても、それは審査機関や制度の機能不全と見做なされ、社会のISO離れを加速することは必定である。「いいとこ取り」許さずの論調は、何であれ問題は受審組織にその責めを負わせて自らは不可侵の立場において日本のISO14001取組みをリードし或いはお墨付きを与えてきたそれら関係者の言動と軌を一にするものであるが、社会のISO離れを引き起し自らの立場を危うくすることに気づいていないように思える。
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27. マネジメントシステムは経営のツール ?    -大いなる錯覚-
   日本では「マネジメントシステムは経営のツール」とする見解が広く認められている。ツールとはtoolで、「工具」「何かを達成するのを助けるもの」の意味であるから、経営の「用具」「手段」だと言う主張である。大いなる錯覚である。
 
   経営とは組織の発展のための「組織の在りよう」つまり、事業の方向、戦略を決める活動であり、株式会社では取締役会が担う。この経営の目標を効率的、効果的に達成するように組織の事業活動を統率、管理する活動がマネジメントであり、代表取締役たる社長を頂点とするトップマネジメントが各管理者に分担させつつ、方向づけ制御している。日本では、取締役会メンバーがトップマネジメントを構成して、組織内の業務の執行の任に当たっているので、トップマネジメント活動のことが経営と呼ばれる。
 
   一方、システムとはある目的のために必要な種々の要素が集まり相互に関連して機能している状況にあるその全体のことを指す。ISO14001や96年版ISO9001のマネジメントシステムの要素は「組織の体制、計画活動、責任、行為、手順、プロセス及びその他の資源」である。2000年版ISO9001ではシステム要素はプロセスであり、マネジメントシステムはマネジメント活動の諸プロセスが相互に関連づけられて実行されている状態でのそれら諸プロセス全体のことであり、「プロセスのネットワーク(network of interacting processes)」状態の「プロセスのシステム(system of processes)」である。ここにプロセスとは業務のことであるから、マネジメントシステムとは実体的には「諸業務の有機的集合体」、また、表現上では「マネジメントの業務体系」とするのが実務的である。
 
   トップマネジメント活動を「経営」と呼ぶ習わしに従うなら、マネジメントシステムは経営システムとも呼ばれ、諸業務が経営の目的の達成を図るように相互に関係づけられ実行されている状況のそれら諸業務の全体のことである。マネジメントシステムは経営の手段や用具ではなく、経営の活動そのものである。
   
   日本ではこのような本質に係わる見解がいわゆる権威者に発すると吟味されることなくメディアを介し、或いは人づてに拡がっていく。蔓延する権威主義と無思考依存主義の「負のダウンスパイラル」が日本のISOの歪みを益々拡大させている。
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26. 要求事項の意図と要求事項の表現  
    ISO14001の2004年版の発行に関する大概の説明は「要求事項にも変更がある」というものであり、加えて意図的に要求事項が改定されたとの極端な解説を初め、審査をこう変えるという各審査機関の見解まで発表されている。
 
   ところで、「要求事項」のISO原語 requirement は「必要な又は欲しいもの」の意味であり、 実際、ISO9000の定義(3.1.2項)でも「必要とされるもの或いは期待されるもの」である。規格作成に関するISO/IEC指令によると、ISO規格の規定には、 requirement, recommendation, statement の3種類があり、requirement は「適合のために遵守しなければならない或いはそれからの乖離が許されない基準(合否判定基準)を表現する」ものである。同指令はまた、requirementに関して、枠組みとかそれがどんなものかというような言葉ではなく、出来る限り性能あるいは達成目的を現す言葉で表現されるべきことを規定している。
   
   つまり、requirement とは、ISO9001/14001の狙いを達成するよう組織が品質又は環境マネジメントを効果的に実施するのに「必要な条件」或いは「遵守する必要がある基準」というようなものを、目指し又は達成すべきものの合否判定基準の形で記述したものである。requirement は「〇〇すること」という表現で記述されているが、「〇〇するという状況」或いは「〇〇する目的」が実現しているかどうかの判断基準を意味している。海外文献ではしばしば、「要求事項の意図(intent of requirement)」 という言葉が出てくるが、規格条文の「〇〇する」ことの意図がrequirement なのである。
 
   例えば改定版ISO14001の文書管理に関して96年版に記述のなかった「外部文書」の配布管理(4.4.5 f)項)が加わった。しかしこの項は、どの業務も誰がいつ行っても同じ手順で行われ同じ結果が得られるようにするという「文書に基づく業務遂行が必要である」という「規格の意図」を規定しており、その実現のためには文書が外部で作成されようが組織の業務に使用する限りは普通の組織が作成した文書と同じように管理されなければならないことは当然である。記述、表現は変わっただけであり、「要求事項に変更はない」というのが正しい規格理解なのである。
 
   改定作業開始にあたっての「既存の文章に対する如何なる変更も、ISO14001に要求事項を追加することにならないで、規格使用者の理解と実践を助けるものでなければならない」とのTC207の決議は、正に、「要求事項の表現(条文)」は変えても「要求事項の意図」は変えないということである。日本では「要求事項」は登録証発行のための「規格の要求」であり、条文の「〇〇すること」のそれぞれに明確な形式を伴う対応をするから、条項や条文の変更はすなわち「要求事項の変更」となる。従って、ISO14001の2004年改定には多くの要求事項の変更が含まれるという認識になる。このようなISO取組みでは、ISOマネジメントシステムが機能しないで組織の重荷となるだけでなく、5年毎の規格改定の度毎に「変わった変わった」と大騒ぎをしなければならない。
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23. 遂に全国誌に登場、「"要求事項"は"必要事項"」という真実
   多くの企業は 「規格が要求しているからと品質マネジメントシステムを構築しているが、 ISO9001の要求事項には "こういう仕事の仕方が必要" と書いてあるに過ぎない」と、雑誌 "日経ものづくり" 2004年 11号は「ISO9001失効の裏側」と題する解説記事で述べている。日本では、「要求事項」を審査登録のために “規格が組織に要求する事項” であるとするかの解釈が大手を振っており、記事のような解釈が全国的な雑誌で披瀝された前例を知らない。 筆者は取材を受けたが、記事の解釈が取材結果の反映であるなら、筆者の "ISO 実務の視点" の規格理解が初めて直接的表現で外部に採り上げられたことになる。
 
   「要求事項」は requirement の和訳であるが、この “要求” という日本語が一人歩きして、「~は規格の要求である」などという規格解釈が広く行われている。 最近のISO14001改定関係の記事でも 「要求が~に変わった」式の説明が幅を利かせている。しかし、requirement の規格の定義(1)は、「必要とされるもの又は期待されるもの*」であり、英語としての requirement の一般的な意味も、例えば、something that you need or want 及び something that you must have in order to do something である(2)から、”何かに必要” という意味である。 規格の requirement は ”要求”事項ではなく、”必要事項” ないし “必要条件” という意味であると理解するべきである。
 
   ISO9001、14001の両規格は、組織と製品に利害を有する顧客を初めとする諸関係者のニーズと期待を満たす品質の製品の供給、或いは、環境保全を組織が行うことに関する国際的な指針である。 「要求事項」は、このような品質保証、或いは、環境影響低減の実現のために組織が行わなければならない “必要事項”、或いは、行うべき仕事に対する “必要条件” である。 「要求事項」の解釈は、何をしなければならないかではなく、なぜそれが必要かという観点で行うのが正しい。また、組織は、品質保証、環境影響低減に関する利害関係者のニーズと期待に応えるのに “十分な” 程度に “必要条件” を満たして仕事を行わなければならない。 ”日経ものづくり” の記事の「ISO9001は必要条件であって十分条件ではない」という記述はこの意味である。
 
   逆に、組織が “必要条件” たる「要求事項」に沿って “十分な条件” で、つまり、効果的に業務を行えば、利害関係者のニーズと期待に応えるのに必要な品質保証、環境影響低減を実現することができる。登録証は、組織がそのように必要な仕事を行っており必要な結果が達成されていると信じてよいという利害関係者に対するお墨付きである。これに関して ”日経ものづくり” の記事は、「一定の品質保証の仕組みを整えて、それにのっとって仕事をしていれば ”品質が保証されるはず” と考える」と、国際貿易における品質保証がISO9001制定の狙いであることを記し、「管理体制と製品の品物は別物だ」と言っていては「ISO9001に対する信頼はなくなってしまう」と問題提起している。筆者は審査登録制度の意義をここまで正確に述べた全国誌を知らないし、記事のこれらの部分も筆者が取材を受けたことの反映であるとすれば、この “ISO 実務の視点” の論点も初めての全国デビューである。ただし、筆者の名で引用されている「審査登録機関が製品の品質まで保証してもいいはず」とのコメントは筆者の考えと合致しない。
 
日本のISO取り組みの問題点のほとんどすべての背景に requirement を 「要求事項」と翻訳し、”要求” を一人歩きさせたことがある。深刻なことは、”要求” 事項の誤解に代表され、そこから波及するISO取り組みの種々の問題がこの世界をリードする識者、権威者に始まることである。”日経ものづくり” の記事は ”ISO 実務の視点” の業界秩序に反する考え方をも取り入れ、現実に確かなメスを入れたものであり、そのことを多としたい。
   
*印は筆者の翻訳
(1) (ISO9000 3.1.2)
(2) (Oxford Advanced Learner’s Dictionary)
(3) IEC GUIDE21:国際規格の地域規格または国家規格としての採用)
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22. ISO9001はそれだけでは "効果が出ない" 規格か ? 
     形骸化したISO取組みのもたらす問題が遂に、認証取得の"効果が出ない"がどうすればよいかの議論を引起こすまでに至った。議論の多くは組織の規格に対する無理解を原因に挙げるものだが、そのあまりか、ISO9001だけで"効果が出る"と組織や世間が誤解しているところに問題があるとの主張が現れた。曰く、規格は最低必要限度の、又は一般的な要求事項しか規定していないので、本来規格だけでは"効果を出し得ない"のである。"効果を出そう"とするなら、組織の顧客の独自の要求事項はじめ組織に特有の諸要素を追加しなければならないとの主張である。
   
   この主張は奇妙である。 第一に「最低必要限度」とは、何かの効用を得るために最低限必要という日本語であるから、ISO9001の狙いの"効果を出す"ために最低限必要な要求事項という意味となる。「最低必要限度」だから"効果が出ない"では理屈にならない。また、ISO9001は「顧客、規制及び組織に特有の要求事項を満たす組織の能力を評価するために用いられる*」(1)と規格序文に明記されている。ISO9001 が一般的な要求事項しか対象にしていないというのも当たらない。更に、規格適用の目的は顧客満足向上の実証又は追求(2)である。組織が顧客満足向上を図るという"効果を出す"ために規格は作成された。規格だけでは"効果が出ない"というのは規格制定の理由と規格の意図に反する主張である。
   
   最後に、審査登録は「品質マネジメントシステムを効果的に実施しかつ維持していることを実証するもの」(3)である。「効果的に実施」するとは、顧客満足向上が図れるという"効果が出る"ようにマネジメントが行われているということである。審査登録機関は、"効果が出ている"と判断したから登録証を発行しているのであるから、ISO9001 だけで現実に"効果が出ている"のである。
   
   日本では、審査合格の形式重視の規格解釈と登録取得を目的化した規格取組みが大勢を占めてきた。これこそが"効果の出ない"原因である。規格自身に"効果がない"という主張がこの規格解釈の不適切さを糊塗するように利用されることがあってはならない。 それに、規格だけでは"効果が出ない"とは、これまでISO9001の適用或いは登録取得を勧める話の中で出てきた例を知らない。 もしこれを知らされていたなら組織は果たして大金と労力をかけて規格適用と審査登録に走ったであろうか。
 
(1) ISO9001, 0.1、 (2) 同, 1.1、 (3) JAB R300-2002 改1, G.2.1.2
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-22>

18. 規格解釈は誰のためか? -旧版誤訳を糊塗するISO14001改訂説明
   ISO14001:1996の基礎となる環境側面の特定に関して 4.3.1項は、「組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる(中略)環境側面を特定する」べきことを規定している。この解釈としては、環境側面に「組織が直接管理できる環境側面」と「組織が影響力を及ぼすことができる環境側面」の2種類があるとするのが一般的である。
 
しかしこれは日本語解釈としては無理がある。「かつ」であるから、これは日本語ではその前後は同じでなければならず、2つの環境側面を意味するということにはならない。また、日本語の「影響を生じる」と「影響力を及ぼす」とは違う意味であるからである。日本語としての解釈としては無茶苦茶ではあるが、にもかかわらず、これは規格解釈としては適切である。なぜなら、英語原文は「the environmental aspects (中略) that it can control and over which it can be expected to have an influence」であり、正に、組織が「管理できる」と「影響力を及ぼすことができる」という2種類の環境側面が規定されているからである。 JISQ14001は翻訳規格であるからその解釈は翻訳文たる日本語に囚われる必要がなく、むしろ問題点は原文に立ち返るのが本筋である。「かつ、影響を生じる」という和訳は誤訳の類であるから、この日本語で規格要求事項を解釈してはならない。
 
 ところで日本を代表して規格作成に係わる委員達から成るISO14001解釈委員会はこの問題を取り上げ、この条文が「組織が直接的に管理しているものに加えて、組織の活動などが客観的に見て何らかの影響力を行使できると判断される範囲のもの」を意味すると説明している。2種類の環境側面説である。この結論自体は適切だが、「かつ、影響を生じる」という日本語がどうして「~に加えて影響力を行使できる」を意味することになるのかの説明がなく、また、なぜそんなおかしな表現になっているのかの説明もない。
 
 2004年改定DIS版でこの「影響力を及ぼすことができる環境側面」に関する英語条文は「those which it can influence」と表現が単純明快になった。海外の解説は条文の変化に触れないか、触れても表現の明確化としか説明していない。 ところが日本では、この新条文を「組織が管理できる環境側面及び影響力を発揮できる環境側面」と和訳して、旧版の表現が誤解を招きやすかったので変更になったと説明している。つまり、旧版の日本語条文は原文を正しく反映したものであり、そのおかしな日本語は原文のせいであると言い張っているのである。
 
 規格は国民の環境保全のニーズに応え、持続可能な発展を図る組織の努力に対する指針である。 一連の説明は、犯した翻訳の誤りをあくまでも隠して、規格作成の場に出たのは自分達だけという立場を利用して、言い訳をしているの受け止められる。これらの人々が自らの規格解釈に関する社会的責任を自覚しているなら、このような姑息な言い訳はしない方がよい。また、本来、規格解釈は組織や国民、地球環境の利益に資すよう行なわれなければならない。
 
 この問題の論評は、42. 日米で食い違うISO14001:2004改定の背景説明 に続く
このページの先頭へ    詳しくは<62-01-18> 修正(H23.2.27)

10. 製品の改善、環境パフォーマンスの改善 は不必要か ? 
   日本ではISO9001、14001の両規格とも マネジメントシステム の改善が要求事項であって、製品の改善や環境パフォーマンスの改善は要求事項ではないというのが、一般的な解釈となっている。 製品や環境の改善は必要でないのだろうか。
   
   ISO9001の目的は顧客満足の向上であり、それは組織が顧客のニーズと期待を満たす製品を供給することで達成することができる。 品質マネジメントシステム はこれを実現させるための手段であり、 マネジメントシステム は マネジメントの業務体系のことである。組織は、マネジメントの一連の業務を規格に沿って確立し、実行することによって顧客に受け入れられる製品を供給することができる。しかし顧客のニーズと期待は変化し、市場競争や技術進歩があるので、それらに応じて組織は製品を改善しなければならない。 規格の5.6.3 b)項 マネジメントレビューの「製品の改善」はこれらに関する組織の戦略的決定を意味している。 有効性とは目的達成能力のことであるから、品質マネジメントシステム の有効性とは、変化する時代に対応して製品を変化させることができるかどうかである。 必要な製品の改善が出来ずに競合他者の後塵を拝する結果を招いたとすれが、それは仕事のしかた、つまり、業務体系が適切でなかったからである。 この反省を業務体系の変更に反映して、以降の仕事のしかたを改善することが、品質マネジメント システム の有効性の改善である。 5.6.3 a)はこの種の決定のひとつである。
   
   ISO14001については規格の目的が序文で「環境保全と汚染予防を援護すること」と明確にされ、継続的改善の定義にも「環境パフォーマンスの改善]が織込まれており、 実際にも環境目的、目標(4.3.3項)の下に環境負荷改善の活動が行なわれているので、ISO9001とは若干異なった状況にある。 しかし、認証審査で改善の実績にはほとんど焦点があてられない点では両規格で大きな差はない。
   
   認証登録制度は組織が品質或いは環境に関する顧客その他の利害関係者のニーズや期待に応える努力をしていることにお墨付きを与えるものである。にもかかわらず、システムの改善が規格要求事項であるとして製品や環境負荷の改善実績と無関係な審査があるとすれば、審査登録制度の意義が問われる。 そもそも、規格の目的は品質、環境の改善であり、その達成が組織に事業発展に係わる種々の利益をもたらすのである。実益のない業務体系の構築と運用を組織に求め、登録証を交付するというのは、両規格の作成の意図ではありようがない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-10>

.すべては「要求事項」から始まった
   「規格の要求は○○である」「規格は○○を要求している」などの表現が頻繁に用いられている。JIS規格では「○○すること」という規定のことを「要求事項」と呼んでいるので、これが上の「規格の要求」という表現の背景であると思われる。そこで、「要求」とは「当然であるとして強く求めること」であり、当事者間で強制力あるいは権利を伴う強い意味合いの言葉である。規格が要求する相手が組織であるとするなら、規格が組織に「当然であるとして要求できる」理由あるいは権利は何であろうか。それは規格が「組織をして、認証審査に合格させ、登録証の授与を得さしめる」ための条件を示しているからに違いない。そして、現実に審査をし登録証を授与するのは審査登録制度であるから、これを担う諸主体が「要求する」権利を持ち、規格解釈の主導権を握ることになる。登録証がほしい組織は、規格要求事項とは「登録証授与の代償」と考えて、例え無益とわかっていても審査員の規格解釈を唯々諾々と受入れる。
   
   しかし、「要求事項」とは「requirement」の翻訳である。これは、「要求すること」の他、「必要なもの」と「必須条件」の意味があり、ISO9000の定義では、「必要とされるもの又は期待されるもの」である。 規格の意図における「requirement」は、「必要なもの」「必要条件」「要件」の意味であり、「要求事項」ではなく「必要事項」の方がを適切な日本語表現である。規格は顧客満足向上或いは環境保全を実現する効果的な業務の在り方を定めるものであるから、「requirement」とはそのために組織に必要な事項なのである。
 
   規格は世界の過去の実績と理論に基づいた最新のマネジメントの論理の体系である。規格は組織に登録証授与のために何事かを強制するものではなく、効果的な業務の在り方を指し示しているのである。規格解釈に審査の視点はありようがなく、組織の目標達成に必要か、役に立つか、の実践的観点で行なわれなければならない。当然、組織が主体的に行なうべきことである。
   
  日本工業調査会の公式調査(H14.12)でさえ規格導入組織の半数強しか導入目的を達成していないという日本の現状は、審査合格優先の取り組み、つまり、著者の命名による"審査の視点"に原因があると思われるのであるが、その元をたぐると、「requirement」に「要求事項」という日本語が充てられたことに行き着くように思われる。日英両語とも「要求する」と「必要とする」は似た意味をもつこともあるのだが、「要求事項」の解釈においては、組織にとって受け身の強制と前向きの自主性という天と土ほどの違いが生ずるのである。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-05>

.ISO14001導入は中小企業には重荷か
   ISO14001の認証取得が中小規模事業者には経済的・人的負担が過大であることを理由とする新たな環境保護認証制度がまたひとつ発足した。トラック輸送事業者に対する、経産省主導の「グリーン経営」制度である。そもそも、ISO14001は中小企業にとってそれほどに重荷なものであろうか。 答えは明白であり、否である。  なぜならISO14001は資源の乏しい中小企業や発展途上国でも適用できることを意図して作成されているからである。 これに関してはTC207文書に詳しいが、例えば、「中小企業と途上国に特有の必要事項をEMSの中核文書の中に織り込んだ」と記され、それら必要事項が「明確さ、適用性、実用性」であることが明確にされている。
   
  この内、「適用性」は規格が資源に乏しい組織にも適用できるということであり、そのために規格の枠組みは各組織が「そのEMSを組織に特有の資源と必要性に合わせることを許容」する「柔軟な」ものとなっている。 この基本が、「継続的改善の度合いと範囲は、経済的及びその他の状況に照らして、組織によって決められる」という点である。組織のこの決定は、継続的改善及び汚染の予防と 環境法規制の遵守に関する経営公約(コミットメント)として環境方針に明確にすることが必要であるが、 規格はこの公約が「組織の活動、製品又はサービスの性質、規模、環境影響に適切」であることしか求めていない。そして、適切かどうかの判断は、「費用効果に充分の配慮」をして「経済的に実行可能なところで最良利用可能技術を適用」をしているかどうかも考慮してよい。「公約」に関しても例えば法規制違反自体も不適合ではなく、違反状態が出現した場合に速やかに是正するなど公約実現に向けての努力が必要なだけなのである。ISO14001はすべての組織に一律の環境改善努力を求めているのではない。 組織はマネジメント戦略として必要で重要な環境影響の低減のためそれぞれに持てる力で可能な努力をすればよいのである。
   
   然るに日本ではほとんどの解説書が著しい環境側面とは関係ない部門も含めた全員参加の改善運動や、それが完了すればシステム構築の山場を越したと見做すほどの詳細な初期環境影響評価を必要としており、法規制の存在する環境影響はすべてを"著しい"に分類し、すべての著しい環境影響の改善を品質方針に掲げることを推奨している。また、ISO9001と同様に審査合格を意識した多くの実務的でない業務の実行と文書や記録の作成が行なわれている。一方で、継続的改善の対象はシステムであって環境パフォーマンスではないとの要求事項解釈が優先されて、「この規格の全体的な目的は(中略)環境保全及び汚染の予防を支えることである」という基本が忘れられている。
   
    中小企業でも適用できるように、また、環境投資が事業上の利益となって返ってくるように作成されたISO14001が、日本では負担できないほどの重荷になっているとすれば、それは、規格が意識して織込んだシステムの柔軟性をよそに、審査合格を優先する取組み(筆者が呼ぶ"審査の視点")がすべての組織に詳細な一律の形式を持ち込んだ結果であると考えられる。
   
<1> 「環境ー特別な配慮がISO14000シリーズの適用を拡げ強化する」(1995.11)
<2> 「 ISO14001とEMASとの橋渡し」(1996.10)
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-04>

. 簡易版EMSは中小企業のために必要か、そして、利益になるか
   最近、いわゆる簡易版EMSが話題となっている。 これらはいずれも、ISO14001の審査登録が費用、人的資源の面で、また、内容が高度なために中小企業には困難であるので、より容易に取り組めるシステムを提供するという意義を謳っている。
   
   簡易版EMSには、特定の環境影響の改善に取り組む活動という実質的に マネジメントシステム ではないものもあるが、多くは、ISO14001の要求事項の適用を緩和することを「簡易」の意味とし、取組みの容易さであるとしている。そして、ISO14001との整合を図るため、要求事項の適用や解釈を当初は緩和して、徐々にISO14001並みのマネジメントシステムに到達させるとする段階的取り組みとなっている。更にISO14001以上の成熟したシステムにまで進歩させる段階を設けているものもある。

    ISO14001は、組織が環境改善の実績を効果的、効率的に挙げるために必要な業務取組みの方法を示している。要求事項は全体として意味があるのであって、どれかを適用をしなければシステム全体が機能不全となる。この故に、ISO14001の要求事項の適用を緩和したシステムは、その目的達成能力に欠陥があるということである。 また、組織が認証審査を受けるのは、組織が継続的改善の果実が得られるような効果的な環境影響改善の取組みをしていることを確認することである。システム運用の期間が長くなると、改善の実績の有無や程度は自ずと明確になるので、改善実績の程度を"システムの成熟度"とするならば、それを第三者に評価してもらう必要は乏しい。
   
   簡易版EMSの主張の根本的な問題点は、ISO14001が中小企業及び開発途上国が採用できるという観点で検討され、必要な要件が採り入れられているという事実を見落としていることである。規格は序文で「この規格は、あらゆる種類・規模の組織に適用でき、しかも様々な地理的、文化的及び社会的条件に適応するように作成した」と明記している。  しかしながら日本では、例えば「環境側面は漏れなく抽出しなければならない」とし、すべての組織に厳格な環境影響評価を求めている。また、ある簡易版EMSが「初期には目的・目標の設定は"各階層"でなくともよい」と要求事項を緩和したと主張しているが、"すべての階層"は元々ISO14001の要求事項ではない。要するに、要求事項解釈が、要求事項適合の条件を規格の意図しない高度なものとしてしまっているのである。
   
   本来中小企業も導入できるように作成されたISO14001にもかかわらず、日本で中小企業の取組みを困難にしているとすれば、規格の理解と要求事項の解釈における審査合格優先の風潮とそれに基づくシステム構築における形式重視、つまり、"審査の視点"に目が向けられるべきであろう。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-01>
ISO9001/ISO14001 コンサルティング・研修  サニーヒルズ コンサルタント事務所